一
「と、・・・届かない・・」
自分の身長が低いことなんか分かりきってはいるのだが、この後少しで届きそうで届かない高さが憎い。
台所のシンクの上の戸棚を開いて見える、下から二段目に入れていた新しいサランラップの細長い箱の側面を恨みがましく睨んでしまう。
「・・・・・っ」
箱の側面に指先は届くのだ。
だが、指先でちょいちょいと引っ張り出すには後少し長さが足りない。
この際、身長でも足でもいっそ人差し指だけでもいい、どこかがもう少し長ければ届く、そんな距離、そんな高さだ。
「・・・何してんだ、」
シンクに片手をついてつま先を限界まで伸ばし唸っていれば、呆れたような声が背後からかかる。
背伸びをした姿勢のまま肩越しにちらと振り返れば、片手を腰に当てたユーリがこちらを見ていた。
「ちょうど良いとこに!」
180cmもあるユーリが届かないわけもなく、やっと取れると息を吐いて伸ばしていた腕を下ろして両足を床につけた。
サランラップが無くなっちゃったから、新しいのを出したくてと説明しつつ戸棚の中を指差す。
「・・・・・」
てっきりあっさり取ってくれるものだと思っていたのに、ユーリは無言でその場から動かない。
不思議に思って声をかければ、瞬き一つと共にあっさりとした返事が返ってきた。
「取りゃいいんじゃねえ?」
思わず目が点になる。
直後に意味が分かって、目の前の相手をジト目で睨みつけてしまった。
取れるなら取っているし、こんな苦労はしていない。
背が高いのだから、取ってくれれば良いのに。
しれっと意地悪な態度をとる相手に、納得がいかずに再度頼むも。
「後ちょっとだったろ?・・頑張れよ」
にやと笑って腕を組んで壁に寄り掛かる。
取ってもくれないくせに、傍観はするつもりなその態度に眉が跳ね上がる。
悔しいが、仕方が無い。
文句を言いそうになった口を引き結び、薄情な相手には背中を向けて再度戸棚と向き合った。
椅子を持ってくれば良い。
そう思うも、今更取りに行くのも何だか癪で。
それに後少し頑張れば届きそうなのに、わざわざ運んでくるのも面倒だったのだ。
「・・・・っ」
くっと力を込めてつま先と指先を極限まで伸ばす。
触れる、箱の側面の紙の感触。
力を込めすぎたのかつると指先が滑って、箱は更に少し奥に入ってしまった。
ガッカリなんてものじゃない。
このままではもう完全に取れなくなってしまった。
静かな背後の気配に苛立ちが増して、シンクを掴む手に視線を落とす。
・・・ジャンプしよう。
もう無様でも何でも良い、人の手なんか借りずに自力で取れれば手段は何でも構わない。
跳ねても無理ならシンクに乗ってやると、いささか捨て鉢な気分になった。
シンクを掴む手に力を込めて、ジャンプをした瞬間に利き手を伸ばそうと構える。
「・・ったく、危なっかしいな」
すっと頭上に影がかかる。
いつの間にか近付いていた相手が思いの外近く、背後に立っていた。
シンクを掴んでいた手に、ユーリの手が重なる。
「跳ぶのはナシな。危ねえから」
じゃあ最初から取ってくれれば良いじゃないか。
そう抗議する視線を軽くいなして、ユーリは棚の上の細長い箱を見ている。
「ほら、手え伸ばせ」
むっとしつつも仕方なく伸ばした利き手の指先に、ユーリが引き出した箱を持たせてくれる。
掴んで腕を下ろす。
「よく頑張ったな」
「・・・・・」
満足げなユーリのその言葉に、サランラップを握りしめた。
俯いてぐっと握る拳に、サランラップの紙の箱がギシリと変形する。
「・・あー・・」
何やら察知したユーリが重ねていた手をそろりと離して後ずさる前に、にっこりと笑みを浮かべた顔で振り仰ぐ。
同時にサランラップを持った腕を真っ直ぐに振り抜いた。
「!!!!!・・・っぐ!!?は・・げほっごほっ」
ごすっと良い音がしたような気がした。
振り向き様に相手の腹に叩き込んだ肘を体の脇に戻して、笑顔を向ける。
ゆっくりハッキリ発音する。
「ど う も」
「けほっ・・・・こ、ちらこそ・・どーも・・」
腹を抑えたユーリは涙目で咳込みつつ、何とかそう答えた。
◆アトガキ
2014.1.2
年明けにお雑煮食べながら見たバラエティで、モテル男子になるための仕草、ってのをやってまして。
結局は「※ただし、イケメンに限る」的なシチュエーションって感じだったんですが、ちらっと見たやつがちょっとキュンと来て、これはユーリさんでやるしかないって思いまして。
それが。
キュンするはずが・・・・どうしてこうなった・・・
いや、番組内ではですね。
取ってと頼む彼女に「きっと取れるから、もう一度やってご覧」と優しく促して、再度トライしてみる彼女の背後から腕を伸ばして補助しつつ、「ほら取れた」と歯が浮くような流れだったんですが・・・・おかしいな。
background by Blancma