〇●● すり抜けていく季節に 君を想い手を伸ばす






わたあめ、水飴、りんごあめにチョコバナナ。
片手の指に器用にいくつも持ち手の棒の部分を挟み、心から嬉しげな表情を隠そうともしない相手にこちらも脱力するのを隠す気にもならない。
仕方がないなと若干温めではあるが微笑ましい気持ちで見るこの気持ちは、弟がいたらこんな感じなのかなといったもの。
・・・きっと、そう。

「・・・・・」

チョコバナナにかじりついたところでふとこちらを見下ろして動作を止めた相手を見て、何だろうと見上げた。

「何?」

「何も買わねえの?」

さっきから屋台を見ては立ち止まるのはユーリばかりで自分で立ち止まることは無かった。

「お腹空いてないから」

ふらふらと見回りながら、この雑多で騒がしくも賑やかな祭の雰囲気を楽しんでいる。
一人だったら来なかったろう。
そう思えば、ユーリがいてくれて良かったなと思う。

「ふうん・・・・あれは?」

斜め前を行く長身は人混みから飛び出た視線で何かを見つけたようだが、あいにく日本人女性として平均身長に届くかどうかという自分は、周りの人の頭や背に視界を遮られている。
何の出店があるのかと見上げれば、ちらりと見下ろしてきた相手はしばし黙ったあと人混みに押し流されそうになるこちらの手首をそのだいぶ体温の高い片手でぎゅっと掴んできた。

「・・どうかした・・?」

「・・・いや」

「・・・・・」

熱いなと思うけれど、離してとは言わなかった。
何の出店があるのかは聞かないまま、掴まれた手に従って着いていく。
視界はユーリの背中しか見えないけれど、何だかとても安心していた。
何でだろう、と考える間に出店の前まで辿りついていたらしい。
掴まれた手首が離されて、熱さは無くなったけれど少し寂しいと考えてしまっている自分に戸惑う。
そんなこちらの様子には気付かないようで、ユーリは出店に並ぶものをまじまじと見つめていた。

「へぇ・・・よく出来てんな」

ガラス細工と書かれた出店には、手の平にちんまりと乗るサイズのものから凝った帆船のようなものまで大小様々なものが並べられ、屋台の光をキラキラと反射させていた。
くじを引いて出た目の籠の中から好きなガラス細工を選べる仕組みのようで、くじを引いたのだろう子どもが小さな動物たちを見ながらどれにしようかと瞳を輝かせている。

「懐かしいな」

自分も昔はあんな目をしていたのだろう。
今ではあんなに集めていたガラス細工たちも箱の中に収まって、どこに仕舞ってしまったのかも思い出せない。
でも、自分もかつては屋台で見つけては必ず立ち寄っていたものだった。
最近は、見なくなってしまったと思っていたのに。

「やったことあんのか?」

「むかしね。子供の時に・・すごく、好きだった」

「・・・・・」

過去形で話す自分の心境が、もう子供の頃のそれとは違うのだと自分自身に告げる。
そして、それを切なく思う自分がいるのだ。
ついそんな感傷的な気分に浸っている自分が何だかどうしようもなくて、苦笑してしまえば不意に視界をすっと腕が伸びていった。

「おっさん、1回、な」

「あいよ」

「え?ユーリ、引くの??」

「・・・何だよ、俺が引いちゃいけねえの」

「いや・・・」

これは飴細工じゃないし、食べられないよと言うべきだろうかと戸惑うように見上げれば、心の声が聞こえたのかと思うほどタイミングよくその眉がきゅっと顰められた。

「!っいだ・・」

「何が言いてえのか分かるような・・・まあ、後できっちり聞いてやるよ」

脳天に鈍い痛みが走って、チョップされたのだと分かる。
小さく呻いて頭を抑えて睨みつければ、すっと細められた瞳と上がる口角に口に出してもいないのに失言した気分になった。
不敵な笑みをすっと引っ込めて、ユーリは屋台のおじさんが差し出した箱の中をじっくり吟味・・もせずに、ささっと1枚選んでくじをめくる。
そのあまり悩まないところがユーリらしいなと思った。
小さいときの自分は、くじを引くところからして時間がかかる子どもだった。

「・・・87」

「んじゃ、そこの中から好きなもん選んで」

若干渋い顔をしたユーリに、おじさんが示した籠の中を覗き込む。
なるほど、一番数が出る、いわゆる「その他」のような番号だったらしい。
くじの数字は1番が当たりで、そこから遠くなるにつれ細工の豪華さは減っていくもの。
当たりから一番遠い枠である籠の中は、ちんまりとしたシンプルな形の動物が4種類並べられていた。
イルカ、犬、鳥、・・そして猫の様なブタの様な謎の4本足の生き物。
覗き込んで最後のそれにさすがに無いなと思った瞬間、ユーリの指がその謎の生き物を摘まんでいった。

「ちょ」

「・・・ん?」

「いや、え・・本当にソレでいいの?!」

「いいんじゃね」

「・・・・・」

いいんじゃねって、そんな・・・。
まあ、ユーリがくじを引いたのだしユーリの好きなものにすれば良いとは思うが。
他のまあそこそこ可愛いと思える3匹を差し置いて、よりによってソレ?と思わずにはいられない。
理解出来ないと眉根を寄せる間に、ユーリは摘まんだそれをさっさと屋台のおじさんに手渡して小さく包んでもらっていた。
・・・・美的感覚が鈍いのか。

「ほれ」

「・・は」

そして、ひょいと寄越されて思わず受け取ってしまった。

「・・・・・」

その、謎の生物のガラス細工が入った小さな包みを。

「んじゃ、次行くか」

そして、ユーリは何の未練も後悔も無いといった様子でさっさと行ってしまおうとする。
私はまだ、この手に乗せられたものをどうして良いか分からない、というのにだ。

「・・・・はぁ」

仕方が無い。
そうして立ち止まっているわけにもいかず、私は仕方なく歩き出してその背を追った。




サクサク、パリッ・・サクサクサク

もそもそとソースせんべいを齧る。
お腹はあまり空いてはいなかったけれど、折角お祭りに来たのに定番を何一つ食べないというのもやはり勿体ない。
迷った末にユーリの手にまだ無いお菓子があったなと思い出して、ソースせんべいの屋台の前で立ち止まった。
ピコピコと音を鳴らして止まった先の光は一番枚数の少ない14枚だったけれど、これまたお決まりのおじさんのオマケということで、トッピングに2枚を追加してもらえた。
そして選んだソースは未だかつて選んだことのないミルククリームという、非常に甘ったるいもので。

「・・・・やっぱこれ練乳だよね」

「うまいな」

「・・・・・」

歩きながら食べるには流れ落ちてしまいそうなそのクリームに、一端屋台と屋台の隙間に立ち止まる。
順調にその片手に持った甘味を消費していたユーリに、練乳にしかみえないそのクリームを挟んだせんべいを1枚あげれば、ものの3口ほどで食べ終えて満足そうにしている。
オレンジジャムが好きな私としては少し甘ったるいような気もするけれど、まあ気になってはいたから一度食べてみて良かったかなと思いつつ、ちょこっとクリームをつけた1枚をまた齧る。

「・・・」

「・・・はい」

「サンキュ」

手に持つりんご飴は後で食べることにしたのか、どこか手持無沙汰気味にこちらの手の中を覗くユーリに再度クリームを挟んだせんべいを渡せば、はむっと口にくわえて、やっぱりものの3口程度で食べ終えてしまった。

「・・・・ハムスターみてえ」

余りをせっせと2枚一組にしてユーリに手渡しつつ、自分の分をちまちまと齧っていればそんな感想を述べられる。

「・・・・・」

その言葉に、そっと視線を逸らせた。
・・・別れた相手にも、いつかそんなことを言われたなと思い出しながらぼんやりと屋台の明かりと賑やかな人ごみを眺める。
去年は、一緒に行ったのだ・・夏祭りにも。
あの人は甘いものは苦手だったから、たこ焼きやお好み焼きやジャガバターの屋台を巡っては、それを少し分けてもらっていた。
そう言えば粉ものを食べていないとふと気付けば、すっと視界が暗くなった。

「!!・・・ユーリ?」

「・・・・・」

上半身を屈めて様子を窺うようなその顔とちょっと顰められた眉に、瞬きを繰り返す。
ああ、そうだ今日はユーリと祭りに来ていたんだった。
ぼおっと相手の顔を見ながら無意識に次のソースせんべいにクリームをつけて、はむと口にくわえた。

サク、リ

「!!?」

急に近づいた顔が、手に持つソースせんべいの反対側に齧りついた。
驚いて目を見開く。
ちょっと吊り上り気味だった眉がすっと下がり、ふっとその目元が細められる。
悪戯が成功したと言わんばかりの満足げに細められたユーリの瞳が、近い。
慌てて顔を離そうとする前にサクサクサクと齧っていく口とくわえていた口の端が少し、触れ合って、そして離れていった。
呆然と、相手の顔を見つめる。

「ごちそうさん」

しれっと言い、ニヤと意味深に笑う相手に正常に働きだした頭が熱に包まれたようになる。

「なっ」

「・・、、足元」

「何!?・・!!、あっ」

短く言われた警告にも気が付かないほど脳内はオーバーヒートしかけていて、足元に伸びていた木の根にあっさりと躓く。
ぐらりと傾いだ体は、つっかかろうとしていた相手に危なげなく支えられた。
呆れたような溜息が頭上で聞こえて、さらに顔が熱くなる。
全く、何をしているのだろう。
足元にも気づかないほど気が動転して、文句を言おうとした相手には助けられて。
本当に何をしているんだと思うも、眉根がぐっと寄るのは止められない。
だってさっきのは・・・。

「・・・悪ぃ」

ユーリが悪い、と言おうとする前にその言葉を先に言われてしまった。
思わず口を噤む。
支えてくれた手がひじと背中を滑って、ぐっと体勢を立て直される。
デコボコと不安定な根の上にバランスを取って立てば、普段より少し目線の高さが近づく。
ちょっとバツの悪そうな顔が見えた。
左手に持っていたソースせんべいは残り3枚で、割れたりはしていなかったが倒れかけた拍子にクリームが手首の方まで垂れてしまっていた。
取りあえず上面にクリームがついた分とその下に持っていた1枚でセットにして、それをユーリの口元にぐっと突き出す。

「・・・・・」

戸惑いつつも、はむりとくわえたのを確認して手を離し、手首に垂れた分をなめとってから最後の一枚を齧った。

「・・・・・・・・・」

ふと顔を上げれば、じっとこちらを見ていたユーリと視線が合って・・そしてばっと逸らされた。
その頬と長い髪の間に覗く耳が、少し赤い。

「・・・・・」

さっきみたいないたずらを仕掛けてくるくせに、何をそんな赤くなるようなことがあったのだろう。

「・・・変なユーリ」

思わず呟けば、ムッと顰めた顔がこちらをちらと見下ろしてくる。

「・・・あんたが悪い」

そう言って、こちらの右手首を握ってさっさと歩き出してしまう。
慌てて足元に気を付けながら、その引っ張っていく手に何とか着いていく。
何でとか、もっとゆっくりとか、悪いって何?とか。
言いたい気持ちが、通り過ぎそうになった屋台を見てすっと消える。
無意識に、足を止めていた。

「!っ・・・何」

くっと、小さくつんのめったユーリが立ち止まって振り返る。
その少し怒ったような、それでいてどこか困ったような顔を見上げる。

「たこ焼き」

「・・・お腹空いてないんだろ」

「・・・・・」

無言で繋がれていない方の手をピースの形にして、ぐっと突き出す。

「・・・何ソレ」

「・・・2つ」

「・・・・・・」

2本の指を見て、たこ焼きの屋台を見て・・そしてユーリがはぁと息を吐いた。
通り過ぎた分を戻って屋台の人に「ひとつ。持ち帰りで」と頼む、その姿を見る。

「・・・行くぞ」

手渡されたビニールを片手にまたユーリが先に歩き出しつつ、こちらの右手首を掴もうとする。
その手の平に、するりと自分の手を合わせてみた。
ぴくっとその眉が小さく跳ねて、でも何も言わないまま、また歩き出すユーリについていく。
屋台の間を通り過ぎて、徐々に人もまばらになって。
祭りの喧騒が遠ざかっていく。

「・・ふふ」

それでも、ユーリの右手にはまだたこ焼きと、そしてりんご飴が握られていたりして。

「・・何だよ」

「・・・ありがと」

「2個は、ちゃんと食えよ」

「・・・うん」

猫だかブタだか良く分からないガラス細工を、さてどこに飾ろうかと考えていた。




◆アトガキ



2014.9.25



前も分けっこして食べていたな、なんて思いつつそんな思い出も悪くないかと思い始めている主人公と、薄々そんな様子に気付きつつ嫉妬してみたりもどかしく感じたりしているユーリさんです。

祭りの季節も、もう終わりに近づいてきましたね。
花火を見て夏の終わりを感じて切なくなり、祭りから帰ると同時にもうハッキリと夏は終わったんだと実感する気分です。
すっかり涼しくなって、もう秋なんですね。
学生の頃はやっぱり夏休みと言えば、長い休みとどこに行って何をしようというワクワク感ばかりでした。
宿題・・・?・・そうですね・・そんなものも・・(遠い目

社会人となった今は「ナツヤスミ?何ですか、ソレって美味しいの?」みたいな状態ですが、懐かしさはもちろんあります。
そして少しだけ・・ほんの少しだけ嫌いになってしまったような気がします。
花火や祭りやと華やかで盛大なイベント事があるおかげで、ガッと盛り上がりそして線香花火のようにしゅっと消えて行くその落差が切なくて切なくて、もうどうしようも無い気分です。
楽しみにしていた分だけ、過ぎ去ってしまうその存在感をより感じてしまうというか。
すごく楽しみにしていたイベント事ほど、終わった時のあの切なさというか喪失感のようなものを感じる・・・、そんな気分にさせられるのです。
上手く言えなくて申し訳ないのですが、とにかく、夏は憎いやつです。

好きだけど、嫌い。
同じ夏は2度と来ないなんて良く聞きますが、本当にその通りですね。
胸がきゅっとなるような感覚を、季節外れにならない前にしたためてアップ出来て、取りあえずは満足・・・です。

・・ああ、切ない。(しつこい



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