懐かしくなって、つい






「ユーリッ」

下町の子供が一人、箒星に駆け込んで来る。

「何だよ?」

「とにかく来てよっ」

言って服の裾を引っ張られる。
また何やら厄介ごとを押し付けられるような雰囲気に、やれやれと思いながらもユーリは立ち上がった。
その間さえも惜しむかのように、呼びに来た子供は大きく手を振っている。
へいへいと返事をしながら箒星を出た。

「・・・?」

連れて来られたのは水道魔導器のある噴水の傍で、いつもは賑やかに走り回ってるガキどもがやけに大人しい。
何やら固まってひそひそとおしゃべりをしている。
その内の一人が顔を上げて、近付くこちらに気が付いて声を上げた。

「あっユーリ!が!」

その声に周りの奴らが焦ったように、口元に指先を当ててシーッと合図する。

?」

良くは分からないが、そんなに切羽詰まった様子は無い。
ゆっくり歩み寄れば、周りの子供たちに声の大きさを咎められてハッとしたようにまたしゃがみ込む一人の後ろに、見覚えのある黒いコートの固まりが見えた。

「・・・なんだ、寝ちまったのか?」

聞けば、顔を見合わせて困ったように頷く。

「さっきまで一緒に鬼ごっこしたりして遊んでくれてたんだよ」

「うん、でも眠くなっちゃったんだって」

「ジューデンするから、その辺で危なくないように遊んでろって」

「何かあったら起こすの良いって言ってたけど・・・」

口々に小声で話していた奴らが、にまた目を見合わせて口ごもる。
その視線がまたこちらに向けられて、何となく状況は理解した。

「ああ、分かった分かった。こいつのことは俺が連れて帰っから、お前らは遊んで来い」

大丈夫かな?と視線を交わしあうガキ共にふっと笑いが零れた。

に何かあったらと思って見ててくれたんだろ、サンキュな」

言って一人一人の頭をわしゃりと撫でれば、誇らしげにしながらも嬉しそうに笑う。
下町で家族同然に育ってきた奴らだ。
時には悪さも仕出かすが、みんな良くもまあこう真っ直ぐに育ってくれてんなと、顔にはそう出さずとも嬉しくない訳は無い。
頼んだぞユーリ、起こしちゃ駄目よと口々に言って、ガキ共はぱーっとどこぞかへ走って行った。
大方、大声出しても良いくらいに離れた場所でまた元気良く騒ぐんだろう。
本当に子供は元気だ。
・・・それに比べて。

「・・・・・」

子供たちに囲まれていてよく見えなかった、丸まっている固まりを見下ろして溜息を吐いた。
前に、眠くなったらそこらで寝ると言っていたが、ありゃ冗談じゃなかったのかと呆れる。
まさか本当にこんな石畳の地面で寝だすとは思わなかった。
ガキ共が心配して呼びに来るわけだ。
横に腰をかけて軽く揺すぶってみるも、良く寝入っているのかぴくりとも反応しない。
そろそろ時刻は夕暮れだ。
コートに包まってこれでもかというほど手足を縮めてコンパクトになってはいるが、日が陰れば影になり風を遮るものが無いこの場所は石畳も冷たく冷えてくるだろう。
それに、一人放り出しておけるほど治安が良いとは言い切れない。
何にせよ、寝かせておくべきじゃなかった。

「おい・・・、起きろって」

呼び掛けながらその固まりを揺する。
何度か繰り返した後に、やっと小さな吐息のような声が帰ってきた。
顔のある位置を覗き込めば、暗がりの中で碧い瞳がぼんやりと開閉を繰り返し・・・・また閉じられそうな様子にぺちりと額を叩いた。

「ん・・・?お・・ユーリさん・・」

「はいはい、ユーリさんですよ。わざわざ迎えに来てやったんだ、起きろ帰るぞ」

「・・・無理」

もぞもぞと動いたかと思えば、また丸まってしまった。

「無理ってなあ・・・」

本能に忠実過ぎんだろ。
いかにそこらのゴロツキよりは腕が立つとは言ってもこの状態だ。
このままにして何か起きるのも面倒だし、更には風邪を引きかねない。
・・・仕方ない。
丸まる固まりに両腕を伸ばした。
黒い固まりは触れる手に反応してもそもそとまた動く。

「何、する?」

「持ち上げる」

掠れた声に簡潔に答えれば、嫌そうに唸って身をよじった。

「あのなぁ・・」

人が親切に手を貸してやろうとすればこれだ。

「お姫様は・・勘弁して」

腕を組んで見下ろせば、そんな呟きが漏れてきた。
お姫様?
はてと考えて、自分が持ち上げようとしたその抱え方のことかと、暫く考えてようやく気が付く。
伸ばした両手で持ち上げれば、それは俗に言うお姫様だっことかいう奴だろう。
俺の柄でも無ければ、こいつの柄でも無いのは確かだが。
それにしても抱え方に不満だと?
・・・なら荷物みたいに肩に担いでやろうか。
一瞬面倒くさくなって思ったが、片方にかかる重みはそこそこあるだろう。
ならば。

「おい」

わざわざ耳元で声をかける。
案の定、びくっと毛を逆立ててこちらを薄目で睨んだ。

「怖え怖え・・・じゃなくて、ほら」

むっつりと眉根を寄せてぼんやりしている相手に、背を向けた。
両手を振っておぶされと合図する。
暫し考え込んだ相手は、のろりと上体を起こしてよろめくようにおぶさって来た。
どんだけ眠いってんだよ。
一気にかけられた体重を支え、両手でバランスをとってからよっこいせと立ち上がる。
我ながら気の抜けるような掛け声だ。
二度ほど揺すり上げてずり落ち無いことを確認してから、上半身を少し前に倒したままゆっくり歩きだす。
背中の固まりは、襟元の後ろを軽く両手で握り左の肩口に頭を寄せている。
そのままぐっすり寝入るかと思いきや、まだぼんやりとしているらしい、寝息とはまた違う深い呼吸が首筋に当たる。
フード越しの耳が時折何かに反応してぴくりと動くのが分かって、つい口元に笑みを浮かべてしまった。

「・・・・・」

さらさらと揺れる長い髪。
長い、とはうっすら開いた目でその黒い髪を眺めながら思った。
背中から伝わる温度が暖かい。
歩みに合わせて揺れる振動も夕暮れの朱色に染まる空もなにもかもが安らぎに満ちているようで、幻のようなその一時に浸る。
眠くはあるけれど、目を閉じてしまえばもう二度と見ることが出来ないような気がして、勿体無く感じた気持ちが何とか意識を保たせた。
軽く握っていた片手を開いて、そっと揺れる黒髪に伸ばした。
触る。
軽く掴む。

「いっ」

前から小さい声が上がった。
思ったより掴む手に力が入ってしまったらしい。
寝ぼけて加減が効かなかった。

「悪い」

ちらっとこちらを見る瞳は細い。
夕日を受けて眩しそうに細められている、わけではなく。
どう見ても軽く睨まれているはずだろうに、その照らされて赤い頬とかキラキラした宝石みたいな目とかが綺麗で可愛いなと思う。

「なんか、かわいいな」

だから、ぽろっと口に出してしまった。
一瞬何を言われたか分からないといった表情をしたユーリは、じっと見ている間に表情を歪ませる。
眉を潜めてじっとりとこちらを見る視線は、徐々に意地が悪そうなものに変化する。
気が付けば宿屋の前で、ユーリはそのまま何も言わずに階段を上がって部屋の扉を開いた。
たどり着いたベッドに腰をかけて。

「ふ、ぎゅ!!?」

そのまま仰向けに寝転ぶ。
背負われていたところから降りる間もなく、当然のように潰されて変な声が出た。

「いやぁ、有り難くもねぇ褒め言葉をありがとさん」

のしかかる背中越しに、棒読みな声が伝わる。
顎の下にあたるユーリの頭に首が圧迫されて苦しい。
首筋に長い髪が広がってくすぐったい。
その下から抜け出そうともがく。

「さすがの重労働で俺も疲れたんで、このままついでに一寝入りさせてもらうわ」

「!?いや、重・・苦しいんで、ちょっと・・」

倒れこんだときに投げ出した両手を胸元に重ねて静かになるユーリに慌てる。
待て待て結構この体勢きついっていうか無理っていうか。

「もう眠くないんで起きるからどいてくれ・・いや本当にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした、いくらでもここで寝てて良いんでどいてくださいませんか」

何となく殺気のような負のオーラを感じて言い換えながら、放り出された両手を前に回して胸元当たりをパシパシと叩く。
その手をぐっと掴まれる。

「・・・・・」

その何とも言えないポーズのまま、また動かなくなる。
部屋に静けさが広がった。

「・・・・・・え、本当にこのまま?」

お腹も胸も圧迫されて、少しずつ酸素不足になっている気がする。
無言を貫く、ふざけてるのか本気で寝ようとしてるのか分からない相手のつむじを見下ろす。
こちらも無言で右足を振り上げた。

「・・っ危ね」

「チッ」

重力に従って落とされた踵は相手の腹部に振り下ろされる寸前で、横に転がって避けられた。

「お前なぁ」

呆れた声でベッドの脇に立ち頭をがしがしとかく相手を、大の字で寝っ転がって眺めてからゆっくりと起き上がった。
ベッドの縁に座ったまま、ポンポンと自分の隣を叩く。
胡乱な目を返されるのも構わず叩き続けていれば、溜息を吐いてユーリは浅く腰かけた。
つくづく付き合いが良いというか、お人よしというか。

「?・・・っ!」

こちらに向けられる顔を後ろから両手で掴んで、ぐりっと反対側へ向ける。

「おい・・・首を痛めたんだが」

「まあまあ」

いきなり何しやがるとぶつぶつ良いながらも、大人しくされるがままになっている。
本当に、つくづく付き合いが良いというか、・・・(以下略
さらさらの髪を指で梳いて一つにまとめる。
更にそれを三本に分けた。

「・・・・おい」

こっちを向こうとした頭を、髪を握っていない両手の薬指と小指でぐっと押さえ付ける。

「まあまあ」

「・・・・・」

釈然としないままにもまた前を向く相手は、本当につくづく・・・(以下略
夕暮れも過ぎ、透き通った青さが徐々に濃くなっていく。
階下の酒場から賑やかな声が聞こえ始めるも、明かりも付けない薄暗い部屋の中には静けさが広がっていく。

「・・・・・出来た」

暗がりの中で指を動かし出来たのは、少し緩めの三つ編み。
手首に巻いている余分な紐でくるくると縛って留める。

「もう、動いていいのかよ」

背中を向ける相手からぶっきらぼうな声がかかる。

「よし」

「よしってなぁ、俺は犬じゃねえんだが」

動きに合わせてぽてぽてと背中ではねる三つ編みに、つい目を細めてしまう。
元いた世界でも、金色のそれを見る度に目で追ってしまっていたものだ。
そしてそんなことを考える自分に苦笑した。
懐かしいなんて思うのが、何だかおかしい。

「んで」

立ち上がって腰に手をあてた相手は、いつもとは様子が違って見える。
髪が長いといっても、思い浮かべた相手と目の前の相手は髪の色も纏う雰囲気も、それに背丈も大分違う。
背の高さなんて、口にしたらあっちは手が付けられなくなるだろうな。

「自分でやっといて笑うなよ」

憮然とした顔を見て更に笑みが浮かんでしまう。
両手がすっと伸びてくる。

「んにっ!」

両頬を摘まれた。

「おお、伸びる伸びる」

「あにゃせ」

「んー、何だって?」

「・・・・・」

似てるなと思うところも、ある。
困ったやつをほっとけないところ。
憎まれ口を叩きもするが、根は正直なところ。
周りを明るく照らして、否応なしに惹きつけてくるところ。
あっちが昼の太陽のようなら、こっちは夜の月のようだ。

「・・・どうした」

「?」

頬を摘まんでいた指が一旦離れ、今度は頬を両手で包まれる。
だが、何を問われたのかはよく分からなかった。
分からないまま首を傾げれば、暗闇に包まれた部屋の中で僅かな光源に煌めく紫がかった黒い瞳が、静かにこちらを見下ろしている。

「そんな顔、すんなよ」

「?どんな?」

変な顔をしていただろうか。
鏡が無いからよく分からない。
片手で顔を触ろうとして、相手の手に触れる。

「・・戻りたいって・・・やっぱ思ってんのか」

思わずきょとんと瞬きしてしまった。
ユーリの困ったように寄せられた眉と笑みを象る口元を無言で見返す。
寂しい、と思ったつもりは無い。
だから、驚いた。
そうわざわざ言うからには、そんな顔をしてしまっていたのだろう。
眉を寄せて真剣な顔をする相手に少し笑って首を振る。

「懐かしいと思っただけ、寂しくは無い」

「・・そっか」

ほっとしたように表情を緩める。

「じゃ、夕飯でも食いに行こうぜ」

「・・・・・」

ユーリらしくない笑い方に、首を傾げた。
くるっと踵を返したその三つ編みを追って、部屋を出た。





「そういや、随分手慣れてたみてえだけど、前も誰かにやってたのか?」

これ、と未だに三つ編みにされた髪の毛を顎でしゃくりユーリは聞いた。
確かに、自分の髪は三つ編みするほどの長さは無い。

「前んとこにもそんくらいの髪のやつがいてさ。・・・いや、ユーリよりは短いか」

さっきも思い出した太陽みたいな金髪の相手を思い出すのに、視線を宙に浮かせる。

「へえ。仲良いやつだったんだな」

「まあ、そうなるか」

ユーリの相槌に頷いて、ラーメンのメンマを摘もうとしていたのを止める。

「突っ走って無茶ばっかやる奴で、ユーリに似てたな」

すっと目の前の相手に視線を戻せば、ユーリは何とも妙な顔をしてチャーシューを摘んでいた箸の手を止める。

「・・・自分で言うのも何だが、そりゃお転婆娘だな」

似てるっつーのは具体的にどこなんだ?と首を傾げている。
それに合わせて背中から滑り落ちた三つ編みがふらんと揺れる。
それをついつい目で追いながら、具体的に伝えていいものか悩む前にまず訂正すべき点があると、は口を開いた。

「娘じゃなくて、男だ」

首を傾げたままユーリの動きが止まる。
箸の動きはさっきから止まったままだが、摘んでいたチャーシューがぽちゃりと落ちて再びつゆに浸かる。

「?」

似てると言われた相手が女だと言われるならまだしも、同性だと伝えてどうしてこうも複雑そうな顔になるんだか。
良く分からない。

「・・・・ふうん」

たっぷりと間を空けて、ようやくユーリからはそんな声が漏れた。
自分で聞いておいて、気の無い返事だ。
どうしたのかと聞く前にその視線は逸らされた。
変な奴と思いつつも見下ろした器の中でラーメンの麺がのびかけているのに気付いて、慌てて箸を動かす。

・・・良く三つ編みしてやった男、ね。
ユーリは、ちらと向かいでラーメンを食べはじめた相手を見遣る。
何となく、面白くないなと思った。




◆アトガキ



2013.10.21



ユーリに背負ってもらいたくて書きました。
背負われる、お姫様抱っこされる、担がれる、脇に抱えられる。
どれも、楽しいですよね、ね?
コンプリートしたいものです。
そして、長髪男子はいじりがいがあります。
髪が、ね!



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