一
「蛍よ!」
「円閃、襲落!」
「煌めいて 、魂揺の力!フォトン」
「揺らめく焔、猛追!ファイアボールっ」
「巻き起これぇ!超牙旋滅タイフーン!」
「・・・・・・」
ドサっという重いものが落ちる音と共に、構えていた手を下ろした。
辺りを見回せば残っている敵はいないようで、みな各々の獲物を下ろして息を吐いている。
そんな周りのメンバーをはチラと見渡した。
走らせた視線に、レイヴンが目ざとく気が付く。
「ちゃん、お疲れさん。どーかしたの?」
「・・・・いや」
何でも無いと首を振れば、そーお?と首を傾げられる。
「何か気になることでもあるんじゃないの?確か前回も、その前の戦闘の時も、何かきょろきょろしてたでしょ」
言われて、見られていたのかと驚く。
ちょっと気になっただけで、誰も気が付いていないと思っていた。
「何なに、ちょっとおっさんに言ってみなさいよ」
「えっと・・・・」
「ん?どうしたんだ、お二人さん」
腰に両手をあててにやにやとした顔で言ってくるレイヴンに言っていいものかどうか迷っていると、刀を肩に担ぐようにしてユーリが歩み寄ってくる。
その後ろから他のメンバーも何だなんだと集まってきてしまった。
ふと気になってしまっただけで、大したことではない。
ここまでだいぶ歩いてきてみんな疲れているはずで、わざわざここで立ち話をするような内容では無かった。
「何でもない、気にしなくていい」
「えー、そう言われちゃうとおっさん気になるんだけどー・・ほぐぁっ」
ちょっと屈んで顔を近づけてきたレイヴンが、直後真横に吹っ飛んでいく。
しれっとした顔で足を元の位置に戻したユーリが明後日の方向を向く。
その横で拳を固めて放ったポーズのまま、リタが吼えた。
「そんなの後にしてよねっっ!こっちは連戦連戦で疲れてんのよ!!」
「リタ、落ち着いてください・・」
「えっと、ごめん」
肩で息をするリタとそれを宥めるエステル、疲れた様子のメンバーを見渡しては謝った。
鞘に刀を納めたユーリが肩を竦めてみせる。
「何でもいいが、確かにそろそろ休憩は必要だな」
「暗くなってきちゃったしね、僕ももうお腹ぺっこぺこ」
大きなショルダーバッグを掛けなおして、カロルがお腹を抑えれば同意を示すようにその腹がぐうと鳴る。
真っ赤になったカロルの頭を軽く叩いて、ユーリが苦笑した。
「先生のお腹も限界みてーだな」
もう少しいけば少し開けた空き地があるということで、今夜はそこに野営をすることに決まった。
よろよろと立ち上がるレイヴンをしんがりに、夜の闇に包まれ始めた林の中を移動する。
ラピードと共に時折伸びすぎた枝を払いつつ先頭を行くユーリの後を、リタがカロルをからかいつつエステルがそれに混ざって続く。
本当に賑やかな面子だなと思う。
「ちゃん」
隣から声をかけられてはそちらを振り向いた。
吹っ飛んだダメージはどこへやら、ふらふらりとだぶついているような上着を揺らめかせて静かな顔でレイヴンがこちらを見ていた。
口元は笑っているが、目は笑っていない。
普段はしないような少し探ってくるような気配を感じる。
無言で視線を合わせていれば、相手は息を吐いて頭の上で手を組んだ。
「そんな警戒しなさんなって。とって食おうってんじゃないんだから」
そう言うなら、警戒させるような態度はしないで欲しい。
視線の無言の訴えを読み取ったらしい。
やれやれと首を振ったレイヴンは、その姿勢のまま小さくジャンプする。
「ただ、あんまし周りを見てると・・・何かいるのかと思っちゃうデショ」
言いながら組んでいた手を解く。
その手が、ほい、と差し出されて、真意を測りかねては戸惑ってその手を見つめた。
苦笑したレイヴンが袖の上から手首を掴んでくる。
思ったより力強い手で引っ張られ、たたらを踏んだ足が何かを捉えた。
「!!っレイヴン!!」
気が付かなかった。
暗い足元に転がる丸太を踏んで、倒れこみそうになった体が掴む手に引き上げられる。
その手に遠慮なく体重をかけつつ、足を踏ん張って何とか地面に激突せずに済んだ体勢を起こし、いきなりのことにびっくりして弾んだ息を整える。
視線を上げた先、レイヴンは手首を掴んでいるのとは逆の腕を広げて構えていた。
「あら、残念」
ひょいっと肩を竦められて、礼を言うべきか迷った口を閉ざす。
掴まれていた手首を軽く捻って手を離してもらい、また歩き出す。
連戦続きで確かに少し疲れてはいたが、足元の注意かおろそかになるほどでは無かったはずなのに。
暗闇に包まれていく木々の間を、戦闘中とは違う意味でちらと見渡す。
そんなの様子を、レイヴンもまた無言で見ていた。
「・・みんな、喉が渇かない・・?」
食後に注がれたお茶に目を落としてからそう言ったに、焚き火を囲むみんなの視線が集まる。
「・・お茶を飲んでるから、今は大丈夫ですよ?」
きょとんとした顔でエステルが返事をして、カロルが頷く。
残りのメンバーも不思議そうな顔、怪訝そうな顔で問いを投げかけたこちらを見つめてくる。
そうじゃないと首を振って、コップを両手で抱えなおす。
「その・・・戦闘中みんな、よく喋るなって」
「?・・まあ、場合によっちゃあ指示出したりする必要もあるしな」
「声かけは必要だよね」
「あんたらは雑談多すぎるんじゃない?」
「賑やかなのはいいことだと思います」
にこにことエステルがそう言うのに、うるさすぎて集中出来ない時があんのよとリタが文句を言う。
でも、言いたかったことはそういうことじゃない。
戦闘中の雑談について話しはじめる面々を見ていれば、レイヴンと目が合った。
「そういや、ちゃんは戦闘中、本当に静かよね。普段もだけど、おっさんもっとちゃんの声が聞きたいわ」
二言目を無視すれば、まあ自分の言いたかったことに繋がるので頷いて見せた。
勘違いしたレイヴンも期待を込めてうんうんと大きく頷き返す。
「それじゃ、もうちょっとこっちに寄っておっさんとおしゃべ・・はぶっ」
椅子代わりの丸太の上をすすすっと近付いてきたレイヴンの腕が肩に回される寸前、飛んできた本がその顔面にヒットした。
衝撃でのけぞった体が丸太からすべり落ちて、背中を打ったレイヴンが呻く。
「・・・で?お前は何が言いたかったんだ」
焚き火の照り返しを受けて瞬く暗色の瞳を見つめ返す。
自分の言葉の続きを待って静かになったメンバーの視線を受けて、迷った末に口を開いた。
「みんな、攻撃するときによく喋るなって思って。呪文・・じゃなかった、詠唱っていうのを魔法を使うリタやエステルが唱えるのは、何となく理解は出来るんだけど・・」
集中力を高めるとか、具現化させる力をより鮮明にイメージさせるためとか、そんな理由を前にちらと聞いた気がする。
とにかく、魔法にはそれを発動させるための呪文があっても良い。
チチンプイとか、開けゴマ的なものだと納得できる。
「おっさんも魔法、使えるんだけど・・」
さりげなく除外しないでよ、と丸太に手を掛けて半身を起こしたレイヴンが、拗ねた顔で見上げてくるのに短く謝る。
というか、どれが魔法でどれがそうでないか、からしていまいち分からない。
回復させる不思議な力や、武器を近接で使わずにして遠距離で4大元素などを扱うものは一応、魔法なのだろうとは分かるのだが。
そうなるとユーリの蒼破刃が魔法では無いということが謎だ。
どう考えてもあんな遠いところから刀を振るった風の圧力が、鋭さをもって到達するなんてことあり得ない。
本人が魔法は使えないというからには、それは魔法では無いということなのだろうが・・・。
「おい、ー・・・?リタやエステルは分からなくも無いってことは、俺たちに聞いてるってことか?」
ユーリがカロルやラピードを見て話を促してくる。
レイヴンは丸太に座りなおしてセーネンひどい、と肩を落としている。
「あ、悪い、つい」
話しはじめた筈が、うっかり考え事に没頭しそうになっていた。
先を促すユーリを見て、戦闘中のその姿を思い返す。
「そうだ、特に・・ユーリ」
「俺?」
「あのくるくるするやつ」
「くるくるって、・・ユーリが武器を振り回したり投げたりしてる時のこと?」
カロルの問いに首を横に振る。
「それじゃない。・・閃け、刃ってやつ」
ああー・・と言った声がそこかしこで上がり、ユーリが眉間に少ししわを寄せた。
やっぱりみんな思っていたことで、自分だけがおかしいと思っていたわけじゃなかったんじゃないかとほっとしつつ、話を続ける。
「ぐるぐるしながらよく喋るなって思ってたんだ。・・・あれって、必要なのか?」
場がシーンとなった。
焚き火の爆ぜる音が夜闇に響く。
え、みんなも気になっていたんじゃないのかと見渡せば、エステルは困ったように微笑んで、リタは呆れたようにそっぽを向いている。
「えっと、僕は格好いいと思うよっ」
カロルが何故か焦った様子で慌てて言った。
それはフォローになっているんだろうか、座る膝の上で肘をついていたユーリの顔は俯いていて良く見えない。
「いや、格好いいとか悪いとかじゃなくて、魔法と違って詠唱が無いと技?っていうのか?それは使えないのかどうかが知りたくて、その・・気になっていたんだけど・・」
何かまずいことを聞いたのだろうか。
そもそもこの世界の仕組みがいまいちまだ分かっていない。
叫ばないと戦うための力が出ない、とかそういう理由があるならそう言ってくれれば、まあ理解は出来ないけれど、そういうものかと納得は出来る。
「ちゃん、ちゃん・・シーッ・・あだっ」
口元に人差し指を当てて囁くように言うレイヴンの頭に、ユーリのデコピンが飛ぶ。
ああそれは痛いよなと、散々されたことのあるがご愁傷様と不憫そうに見ていれば、腕を伸ばしてデコピンをかましたユーリの顔が持ち上がった。
焚き火の照り返しを受けてなお、長い髪に縁取られた顔には暗い影が差している。
むしろ下からの照り返しで、ちょっと迫力が増していた。
「」
「あ、いや・・・答えづらいなら答えなくても」
「お前の言いたいことは良くわかった。次から気をつける」
不穏な笑みでこちらの言葉を遮るユーリは言うだけ言って、じゃあ俺先に寝るわとテントに入っていった。
シーンと静まり返った焚き火の傍から、何でもないようなリタとそれを追いつつ何か言いたげなエステルも去っていく。
瞳をさ迷わせたカロルにでこピンされた側頭部を押さえたレイヴンを押し付けて、テントへと向かわせた。
今夜の火の番は自分がやると先に言ってある。
「じゃ・・じゃあ、おやすみ」
「おやすみ、カロル」
戸惑いながらもテントに向かうカロルに手を振り返す。
そんな変なことを聞いたつもりも言ったつもりも無いのだが、エステルとカロルの気遣わしげな視線が最後まで向けられていて困った。
ユーリの様子も何だか変だったし、何が悪かったのか分からなくとも謝るべきだったのだろうか。
何かが気に障ったのだとしても、あの様子では聞いても答えてはくれなかっただろう。
「・・・・・よく、分からないな・・」
ポツリと呟いて丸太に座り直し、物思いに耽る。
魔物なんていう得体の知れないものと対峙しているというのに、このメンバーといったら実に賑やかで騒がしい。
向こうの世界にはいなかったそれらを倒しながら、そんな彼らを見ている自分はやっぱり余所からきた者だということを再認識させられる。
同じように戦うことが重要では無いということぐらいは分かっているし、襲い掛かってくるものを倒すことに、全く気分が高揚しないと言えば嘘になる。
それでも練成陣を光らせるたびに、自分と彼らの足元は本当に同じなのかと思ってしまう。
ちゃんと、地面は繋がっているのかと。
一瞬後には崩れ落ちて深い闇に放り込まれるような、そんな気にも襲われる。
「・・・・・暗い」
辺りを囲む闇を視界の端で捉えて、手に持つ乾いた枝で炎を無意味にかき混ぜる。
パチンと一際大きく火が爆ぜて、耳の奥で幻聴となって消えていく。
・・・焔。
赤々と燃える焚き火を眺めながら思いに耽れば、指を鳴らすだけで炎を巻き上げる黒髪の男を思い出す。
アメストリスにはいつか戻るんだろうか。
それとも自分はこの先ずっとこの世界で生きて、そして死ぬんだろうか。
求める答えも、見つからないまま。
「・・・・ちゃん」
不意に名前を呼ばれて、びくっと肩を跳ねさせてしまった。
「・・・・レイヴン」
足音をさせずに近付いてきた相手を振り返れば、レイヴンはもう真後ろに立っていた。
一度はテントに向かっていたはずなのに。
どうしたんだと聞く前に枝を握っていた手首を掴まれて、林の中を歩いていたときと同じようにぐいっと引っ張り上げられる。
抵抗する理由も無いので、されるがまま立ち上がった。
「何だレイヴン?・・さすがにこの丸太には躓かない・・予定だけど」
また掴まれた手首を見て、それから相手の顔を見て首を傾げる。
「ちゃんも、寝てらっしゃい」
「え?でも今日の火の番は・・」
「良いから。今日はおっさんに任せてちょーだいよ」
言ってウインクを寄越すレイヴンにくるりと体を反転させられ、テントへと向けて背を押された。
「ちょ・・・レイヴン?!」
ぐいぐいと背中を押す相手を、慌てて肩越しに振り返る。
「何かあったら真っ先にちゃんを呼ぶし、何ならモーニングコールだってしてあげちゃうわよ」
「・・・・・」
「あら?本気でしてもいーの?」
真意を掴ませないひょうひょうとした顔に、何故か黒い髪の男が重なった。
こういう手合いは苦手だ。
一度こうと言ったら引かない相手だと分かる。
「・・丁重にお断りします。・・・・ありがと、レイヴン」
いいえー、と笑う相手に火の番を任せてテントへと歩き出した。
「・・・・」
ザシュッ
「細やかなる大地の騒めき、ストーンブラスト!」
「・・・・・」
ズバッッ
「刃に宿れ、更なる力よ、シャープネス・・・ユーリ、大丈夫です?」
「・・・・・・」
ドガッ
止めに蹴りを入れられた敵が倒れて一瞬辺りが静かになった。
黙々と敵を切り倒していたユーリに、何となく他のメンバーも声を潜めるようにしてしまう。
「・・・・・・・・・」
ズシャアッ
ふらと立ち上がった真横の敵に練成して作り出した手元の刃を振るおうとして、その横から飛び込んできたユーリの刀が先に到達して敵を派手に吹っ飛ばしていった。
それっきり魔物は動かなくなる。
「・・・・・・」
目視で倒せたか確認するその横顔は大分冷ややかだ。
「な、何か言ってよユーリ・・」
脅えたようにカロルが小さく呟く。
「・・・・これで終いか」
低い声で紡がれたそれにカロルがそろっと後ずさる。
まるで死刑宣告みたいだったよと後にカロルが表現したぐらい、くらーい声を出したユーリは刀についた血をぴっと払う。
恐る恐るといった風にエステルが近付いて、窺うように見上げて声をかける。
「ユーリ、あの気にしなくても声、出していいんですよ」
「・・・・・」
文句を言う誰かさんがいるんでな、と無言でその目が言ってくるのにぶんぶんと首を振る。
文句は言っていない。
テントで野宿をしてからというもの、ユーリは襲い掛かる敵を無言で切り捨てている。
こちらとしては、必要があるのか無いのかを純粋に聞きたかっただけなのだが、何が悪かったのかエステルの声にさえ答えず戦闘中は押し黙っている。
その分何故か眼光が鋭さを増して、その内魔物以外にも何か殺めるんじゃないかと危惧してしまいそうになる。
殺人鬼でもない筈なのだが、据わったその目が恐ろしい。
「あー・・悪かった。ユーリ・・・」
ユーリとはまた違った無言の視線を他のメンバーから受けて、は素直に謝った。
言葉の綾がこんな事態を起こそうとは予想だにしなかったが、確かにこのままではよくないだろう。
何より、自分を含めみんなの心臓に悪い。
「謝る必要なんか無いんだぜ」
もうどうでも良いと言わんばかりの相手に、もう一度頭を下げて謝った。
「ユーリの覇気に満ち溢れた声を聞きながら、これからも戦闘に臨みたいと思います」
「お前それ本気で思ってねーだろ・・・」
勿論、思ってはいない。
だいたい覇気に満ちたというより、普段のアレは獲物を前にうきうきわくわくした戦闘狂の声だと思う。
ふうと息を吐いて呆れたように半眼を向けてくる相手が、不意ににやっと笑った。
何かを思いついたような相手に少し身構える。
「そうだ、な・・・。んじゃ、お詫びってことで久しぶりに手合わせしねぇ?」
「手合わせ?」
意外な言葉にきょとんとする。
まあ、耳を思う存分撫で回すとか、変なことをやらされるよりはましだ。
むしろ手合わせくらい下町にいたときも度々やっていたし、どうってことはない。
分かったと頷けば、エステルが目を剥いた。
「だっ駄目ですよ!女の子相手にそんなこと、危ないです!!」
「今までもよくやってたよ、大丈夫エステル」
「本人もこー言ってんだし、問題ねえだろ」
戦闘後だというのに疲れた様子もなく、むしろやる気満々で肩を回している。
さっきのモンスターくらいでは、体を動かし足りなかったとでもいった様子で、やっぱりユーリは戦闘バカなんだなと改めて思う。
静かに刃を向けてくる相手を見て、金属製の腕輪に彫り込んだ練成陣に手を触れる。
持っていた小刀の刃を多少長めに練成し直した。
「ふうん。が長い獲物持ってんの珍しいな」
「・・・・・」
長ければいいというものではない。
長くしただけ、その刃に体を持っていかれないように気を付けなければいけなくて、普段は丁度手の平程度の長さの小刀を主に扱っている身としては、あまり慣れないものは使いたくなかった。
だが、警戒も必要ということで。
手首から肘程度の長さに伸ばした刃を静かに構える。
「それじゃまあ、いきますかっ」
頷くや否や言い放って即突っ込んでくる長身をサイドにかわし様、刀を振るう。
キンッと澄んだ音がして一瞬交わった刃が離れていく。
「・・・っ」
速さが上乗せされた重い力が、受け止めた刀を伝って腕へと響く。
バランスを崩しそうになった体を支える、その踏ん張った片足を力強く後ろへ蹴って、足元へと飛び込む。
振るった獲物を、下から掬い上げるように回される相手の刀に持っていかれそうになって、体を捻って横転する。
判断を間違えば、腕が折られるところだった。
片手を地面につけて、振り下ろされる刀をかわす。
追撃してきた切っ先を体をそらして避けて、後方に距離をとって体勢を整える。
「もうバテたとか、言わねーだろーな?」
「言うか」
挑発してくる相手に、しかめっ面を返せばその紫がかった黒い瞳がキラリと瞬く。
「そうこなくっちゃなっ」
言って斬りかかって来る相手の刃を受け止める。
真っ直ぐ交わった視線の先でユーリが笑った。
「・・・?」
「飛ばしていきますか・・?」
「!!!!!」
にやっと不敵に笑う体から光が放たれて、圧力がうねりとなって体を後方へと吹き飛ばす。
投げ飛ばされて慌てて受身を取って転がれば、外野がユーリの名前を叫ぶのが聞こえた。
「ユーリ!駄目です!!!」
一際大きいエステルの悲鳴のような声も無視して、ユーリが突っ込んでくる。
「お前も、何かやらねえとこのまま終いにしちまうからな」
「っ・・!!」
防御も兼ねて長めの刃にしてみたが、そんなことを考えている場合では無くなってしまった。
手元の練成陣に触れて小刀を元に戻して腰元に仕舞う。
「閃け、無情なる刃」
「!?」
聞き間違いでなければ、何か常とは言ってることが違ったような気がしたのだが、聞き返す余裕は無い。
言葉通りに刃が飛来してくるのを、間一髪で腰元から代わりに取り出した薄い長方形で受け止める。
刃に側面を向けて、もう片方の手を裏側に添えて衝撃に耐える。
にっと笑う相手がくるりとターンする間に、ジャッと開いたのは鋼で出来た大きめの扇。
「へーぇ、あんなのも使うのね。武器の扇なんておっさん初めて見たわ」
「のんきに言ってる場合じゃないです!!」
「そうだよ、レイヴン止めてよっ」
「えっ?無理無理、おっさんにそんなこと出来るわけないっしょ」
やいのやいの言っている外野の声など聞こえるわけも無い。
「奈辺の闇をも全て切り捨て、」
「・・・っ」
一瞬の内に背後に回ったユーリの袈裟がけに振り下ろされる風圧を伴った刀を辛うじて避け、閃かせた扇の練成陣を発動させる。
ぶわりと巻き起こった突風に相手の姿勢が少しだけ崩れ、その隙に今度はこちらから閉じた扇の鋭く研いだ長辺で切りかかる。
懐で身体を捻って振りぬいた刃が刀で受け止められる。
間近で交わった視線。
見開かれたように見えた紫がかった瞳が、すうっと細まる。
にやっとしたその笑みに、体勢の崩れもわざとだと知れる。
「ごちゃごちゃ文句言う奴を」
上段から振り下ろされる両腕に囲い込まれそうになり、身を出来うる限り縮めて左に逃げようとした。
「・・・木っ端微塵に打ち砕く」
相手の上半身が同じように低く屈められ、また一瞬だけ視線が交わった。
「!!っ」
目の前にユーリの長い髪が広がる。
長身が軽く捻られ、その勢いのまま回転してきた片足が顔面に迫った。
腕をクロスさせて顔面をかばいつつ、衝撃に耐える構えをとる。
同時に、最後の悪あがきがしたくて片手で扇を開いて面を上向かせる。
「・・漸毅狼影蹴っ」
バチィッと練成陣から光が迸る。
「ユーリっ!!!!」
エステルの高い悲鳴が鼓膜を叩いた。
「あ、エステル・・その」
「・・・・・」
「・・・焦げてやがる・・」
「ユーリは黙っていてください」
「・・ハイ」
ブーツの焦げた部分を確認していたユーリをバッサリと切り捨てて、エステルが濡らした布を当ててくるのをは大人しく受け入れた。
確実に怒っているエステルは、いつになく無言で黙々とこちらの髪の毛を拭っている。
「あの・・・ごめん、エステル」
頭が軽く押さえつけられているので顔が見えないが、頭上のエステルに向かって頭を更に下げた。
髪の毛を拭っていた手が一瞬止まる。
「・・・本当に、心配しました・・」
「うん、悪かった」
本気で心配して怒ってくれる相手に、申し訳なく思って素直に謝る。
結局手合わせは、思いっきり蹴り飛ばされたをレイヴンが体を張って受け止め、練成陣によって生み出された雷と仁王立ちしたエステルの言葉の雷をユーリが食らってお開きとなった。
怪我はすぐさまエステルが治癒術をかけてくれて何の痕も無く、今はブーツの跡がくっきりついた髪を拭いて貰っているのみだ。
重ねて謝れば、布を握ったままエステルがしゃがんで目線を合わせてきた。
その口元は尖っていて、目元はまだ少し吊り上っている。
「は、もっとちゃんと自分が女性だということを知るべきです!」
「・・・・・」
痛いところをついてくる。
女性だということぐらい十分分かっているのだが、いかんせん育ちが育ちなだけにそういう意識を持とうとしたことが無い。
あえて女性らしく振舞うとしたら、そういう態度で相手を撒こうと故意にそういうポーズをとっている時だけだ。
・・・・研究所を逃げ出して独りで外で生活するのに女性だということはネックでしか無く、隠すしか無かったから仕方が無い。
「口調も、やはりもっと柔らかくすべきです」
「・・え、えっと」
「服装もきちんと、・・そうです、スカートを買いに行きましょう!」
布を握り締めて、力説するエステルの頬が紅潮していた。
怒っていたはずだったのに、凛々しく少し瞳をきらめかせている。
いつの間にかエステルの情熱の方向性が変わってきたような気がして、思わず仰け反った。
仰け反った後ろ頭が、ぽすんと受け止められる。
「ユーリ・・っ!」
はっとした顔でエステルが仁王立ちし直すのに、斜め後ろに座っていたユーリが苦笑する気配が後頭部に当てられた手を通して伝わる。
ぽんぽんと軽く叩かれて、ひょいっと伸ばされた指先がくったりと伏せられた耳を 撫でる。
「ま、今回は俺ら二人とも大人げ無かったってことで、ここらで勘弁してくれ」
「!・・そうですね。ユーリは次からまたちゃんと声出してくださいね」
「はいはい」
「ちゃんと、ですよ?さっきみたいなふざけたのはナシです!」
蹴るのは駄目ですからねっと拳を固めるエステルに、ユーリはへーへーと気の無い返事だ。
・・・別にあの文句は好きに変えてもいいくらいのものだったのか、と改めて思う。
でもまあ確かに。
「ユーリは喋っていたほうが良いな」
「・・はあ?」
「そうですよ、ユーリ!」
「・・・はあ」
意味が分かんねえと頭を掻くユーリの大きな溜息が、耳元をくすぐる。
サラサラの髪が視界の端で揺れた。
◆アトガキ
2014.1.14
So, what did you think?
「で、どうだった?」
途中、押し黙ってばっさばっさと敵を殺めていくユーリに、「沈黙を貫き通すRPG・・・」という重苦しいギャグを入れようとしてやめました。
ユーリの秘奥義、長いよなと突っ込みたかっただけでした。
お粗末さまでした。
icon by Rose Fever
background & line by ヒバナ