陽だまりの方へ






星喰から世界を守って数年。

フィエルティア号上では、久方ぶりに集まった懐しい顔ぶれの賑やかな喧騒が響いていた。

「ちょっと、何やってんのよ!」

「ったぁ、殴ることはないじゃないの・・」

「あの、リタ、落ち着いてください・・・」

握り拳を震わせて甲板に仁王立ちするリタの足元には、思いっきりどつかれたレイヴンが脇腹を抑えて蹲っている。
その横にはおろおろしているエステリーゼと心底呆れた顔をしているカロルがいて、まぁレイヴンが何かちょっかいをかけたんだろうと思いながら、響いた大声に起きて船室の屋根から見下ろしていたは、その視線をぐるりと巡らせた。

、そんなところにいたのか」

「フレン・・」

同じく大声に呼ばれたかのように船室から出てきたフレンが、こちらを見上げていた。
やっともぎ取った休暇にくつろいだ様子が窺える、普段の重い騎士団の鎧を脱いでラフなシャツ姿になった相手に欠伸交じりにおはようと返せば、扉に片手を預けていたフレンはくすと小さく笑った。

「・・どした?」

「・・いや。そんなところにいないで、降りてこないかい」

すっと差し伸べられたその手をしばし無言で下ろした。
降りるのは別段構わないのだが・・・。
普通にジャンプして降りられる高さなので、特に支えは必要ない。
そんな、お手をどうぞという風に手を伸ばされても困る。
だが、無碍にして降りるのも気が引ける。

「フレン、大丈夫だから・・」

ちょっとそこを退いて欲しいと、手をちょいちょいと振ってみたが案の定にっこりと笑ったフレンは一歩も動いてはくれなかった。
何となく、なんとなーくそんな気はしていたのだが。
・・さて、どうしたものか。

「・・・

差し出された両手が、はやくと急かす様に小さく振られる。
取り合えず、とそろりと両足を先に縁から垂らせば、絡め取る様にそこにフレンの両腕が回されてくっと軽く下に引っ張られた。
気恥ずかしやら居たたまれないやらで、頬が引き攣りそうになる。

「君は軽いな。ちゃんと食べているかい?」

「大丈夫、心配はいらない」

下ろされて背と腰元に腕が回された状態のまま尋ねられて、つい言葉が固くなってしまったが、それに気付いた様子もなくフレンはそう?と首を傾げている。
緩い拘束から何とか抜け出して声がしていたはずの甲板に目を向ければ。

「・・・・・」

にやにやしたり、泳いでいたりな4対の目に迎えられて、思わずしょっぱい顔をしてしまった。
何だろう、大人しく上で寝ていれば良かった。

「え、えっと・・も一緒に食べませんか?」

あたふたとエステリーゼが立ち上がって、みんなの間に置かれていた小さな籐網の籠を持ち上げてそそっと近付いてきた。
中を見れば綺麗なきつね色に焼かれたクッキーが入っていて、思わず手を伸ばして一枚口に運ぶ。
さっくりとした歯ごたえと、口の中でほろりと溶ける甘さが丁度良い。

「エステリーゼが焼いたもの?とっても美味しい」

「そう言って頂けて嬉しいです。久しぶりにみなさんに会えると思ったら待ちきれなくて、ついついたくさん作ってしまったので、どんどん食べてくださいね」

エステリーゼが嬉しそうに微笑んで頷けば、その桃色の髪がふんわりと揺れた。
横に立つフレンにもすすめるエステリーゼの声と、それに恐縮しつつも焼き菓子に手を伸ばすフレンの声を聞きながら、また視線を巡らせた。

「・・・・・」

視線が、合う。
みんなから少し離れた船の縁にもたれていた視線の先の相手は、ちょっとだけ眉を顰めてこちらを見ていたと思えば、ふっとその視線がそらされた。
また何やら言い合いをはじめたリタとレイヴンの方を眺め、かと思えば隣に立っているジュディスの方へ、何やら一言二言話している。
甲板の賑やかさに目を細めて笑う、その顔にふと胸がざわついた。

?」

エステリーゼに声を掛けられたのにもろくに返事もせずに、足が自然とそちらへと向く。
近付く気配に、また黒い瞳がこちらをちらと見た。

「あら、。良く眠れたかしら?」

「おはよう、ジュディス。おかげさまで」

軽く腕を組んで船の縁に寄りかかっていたジュディスが、にっこりと微笑んでくる。

「・・・ジュディスは何も言わないんだ?」

しばらくの無言の間を挟んで、紅い瞳が深い眼差しを湛えて笑みの形に細められる。

「そうね。言っても良いとは思うのだけれど」

「・・・・・」

「・・・何の話だ?」

微笑むジュディスを複雑な顔で見返していれば、足元で片膝を立てて座っていたユーリが眉を顰めて聞いてくる。
そちらに視線を向けたタイミングで、ジュディスが体を起こしてみんなのいる甲板へと歩き出した。

「でも、あなたが代わりに言ってくれるのでしょう?・・よろしくね」

引き止める隙も無かった。
そのままフレンと話すエステリーゼの元へ行き、焼き菓子を分けてもらう後姿をぼけっと見てしまう。

「・・・・俺に何か用かよ」

後ろから掛けられた少しだけふてくされたような声。
振り向けば、まるで何とも無いとでも言いたそうな顔をしているユーリの、でもその目は普段より少し細まっているような気がした。
何か言おうとする前に、また声が上がった甲板をつい振り向いてしまう。
その視界の端を何かが横切った。

「・・ラピード」

こちらを一瞥したラピードは尻尾をゆらりと揺らして、日の当たる甲板の端にいって丸くなった。
小さく溜息を吐く音。

「・・俺じゃなくて、ラピードに何か用事か」

船室で出来た影の中で、相変わらず船の縁に寄りかかって座っている相手の、その瞳が閉じられた顔を見下ろす。
賑やかな喧騒に薄く開いた瞳を揺らす、その横顔にまた心がざわざわとして、思わずストンとその場にしゃがみ込んだ。

「さっきから、変」

「・・・何がだよ」

むっと顰められた顔に、両手を伸ばす。
頬を挟んで無理やり顔を自分に向けさせて、視線を合わせた。

「ユーリ」

一瞬うろたえた様な顔は、すぐに静かなものになる。

「・・・だから、何だよ」

呟くような静かな声、吐き出される溜息。
喧騒に向けられる瞳、陽だまりを見て少し微笑んだ顔。
胸のざわめきに居てもたってもいられず、両頬から手を離して今度は立てた膝に置かれていた、相手の左手を掴んだ。
ぐっと引き上げるように持ち上げる。

「・・・何だってんだよ、お前こそ変だってのっ」

抵抗するように振りほどかれそうになる左手を、離されまいと両手で握って背負うように自分の肩に掛けて引っ張った。
それにはさすがに敵わず、持ち上げられた体を支えるために驚いたように小さく声を上げたユーリが、何とか立ち上がったのが分かった。

「あっぶねえだろうが」

がしがしと掴まれていない方の右手で頭をかいて、ユーリが小さく怒鳴った。
左手を肩に担ぐように引っ張ったまま、その姿を振り仰ぐ。

「クッキーを・・エステリーゼのクッキーを食べに行こう」

「・・・?」

訳が分からないといった顔をしながらも、仕方なさそうに渋々歩き出した相手にほっとする。

「エステリーゼ」

黒い人の手を引きつつ声を掛ければ、談笑していた桃色の少女はこちらを振り向いて嬉しそうに微笑んだ。



「・・で、何を言う言わないって?」

「・・・??」

いくつか紙に包んで分けてもらった焼き菓子を摘みつつ、傾き始めた太陽の温もりを感じていれば、横に並んで座ったユーリから思い出したかのように聞かれる。
一瞬何の話か分からずに首を傾げてしまう。

「ジュディと。・・さっき何か言ってたろ」

「ああ」

ようやく合点がいき頷く。
頭の上に生えた猫耳が忙しなくぴくりと動いて、近況や各地の人々の様子を伝え合う仲間達の方に向けられ、かと思えば海上を飛ぶ鳥の声を聞いているようでもある。

「・・なんだよ、気になるじゃねーか」

指先についた焼き菓子のくずを舐めとってから、何とは無しに耳先へとその指先を伸ばしてちょいと摘んだ。

「!!?っ、ユーリ!」

「んー?」

嫌そうに身をよじって逃げる先を追って、摘んだ指の腹で耳の裏側をそっと撫でる。
ビロードのように心地好い毛で遊べば、さわさわと撫でるそれがくすぐったいのかは首を竦めた。
ジュディとコイツが俺に言うこと、ね。
ぼんやり何か分かりそうで分からない感じが気持ち悪い。
でも、おそらくは説教じみた何かだろう。
思わず吐いた溜息に、振り返ったは他人事のように首を傾げていた。



「はい、どうぞ」

渡されたお椀を礼と共に受け取る。
野菜のトマト煮込みがよそわれたそれは、両手をほんわりと温めて食欲を促す美味しそうな匂いを漂わせていた。
一緒に渡された木製のスプーンで一口掬って口に運ぶ。
良く煮込まれて甘くなった玉ねぎやほくほくのじゃがいも、トマトの酸味に塩胡椒を足したバランスも調度良い。
こんな雲も近い空の上を悠々と漂いながら、こんなおいしいご飯が食べられるなんて。

「贅沢だな」

思わず呟けば、きょとんとした瞳に囲まれる。
慌てて首を振った。
大したことではないけれど、こんな何でもないことがとても幸せだと思えること。
美味しいご飯を作ってもらえて、他では味わえない眺めと共にみんなで一緒に食べられること。

「・・そうね」

にこりと微笑んだのはお玉を片手に持ったジュディスだった。

「味はどうかしら?」

「とても美味しい」

「それなら良かったわ」

綺麗な笑顔、料理の腕もあるし、スタイルもいい。
ジュディスは将来誰かと連れ添ったりするんだろうか。
お椀に口を付けながら、そっと見上げれば彼女はまだこちらを見ていて思わず視線を逸らした。

「そんなに見られたら、穴が開いちゃいそう」

「・・・・」

「!!ジュディちゃん、おっさんも!おっさんも見てるか」

「カロルは?お代わりはどうかしら」

「あ、うん、ありがとう!」

レイヴンが小さくいじける様子を眇めた横目でリタが睨み、カロルはそんな様子を見てどもりながらも空にしたお椀を差し出している。
レイヴンの横では我関せずといった様子でもくもくとご飯を食べているユーリと、食べながらお椀の中をじっと見つめているフレン・・・。

「どうかしましたか、フレン?」

そんなフレンの様子に気付いたエステリーゼが、そっと声をかける。

「・・うん。もう少し酸味と辛さが・・っ!いたっ」

考える様子で話し始めたフレンの横腹を、隣のユーリがお椀の中身を零さないように器用に肘でド突いたのが見えた。
カロルにお椀を渡すジュディスの動きが一瞬止まったのが見えたが、何事も無かったかのようにハイと笑顔で手渡している。
危なかった、・・気がする。

「ユーリ、食事中にふざけるのはやめろ。危ないだろう」

「・・・こっちの台詞だっての」

ぼやくユーリに心中で同意した。



このままフィエルティア号で夜を過ごすので、ご飯の片づけも終えれば各々は寝るまでのひと時をくつろぎに散らばっていった。
リタとエステルはきっと一緒におしゃべりをしているのだろう。
ジュディスは飛び続けてくれるバウルとなにやらひっそり話をしているらしい、船の舳先に立って星が輝き出す空を眺めている。
さて自分はどうしようかと思い視線を巡らせれば、カロルが手足を動かして何かを話しているのをフレンが微笑ましそうに聞いているのが見えた。
きっと、大きな魔物を倒した話を久しぶりに会ったフレンにも伝えているのだろう。
カロルの目がキラキラしている。

最初に会った時より、背がだいぶ高くなったな。

「なぁに、ちゃん。聞きたいならもっと近くに行けばいいんでない?」

「レイヴン」

おっさんはもう2度も捕まっちゃったわよ、とカロルの方をみて苦笑している。
でも別段困った顔はしていない。
そういう態をとっているだけで、よく見ればその目がすごく優しい眼差しで見ているのが分かる。
保護者というわけではない、彼らの立場。

「それとも、お目当ては若く人望も厚くてキャリアもある騎士団長様ー?」

どこかおどけたように言ってくる相手をじっと見つめ返せば、手を振って冗談よ、じょーだん、と笑う。

「お暇なら寂しいおっさんのお相手でもしてくれない?」

言って、どこから取り出したのか小さなお酒の瓶とグラスを揺らす。
手品のように出てきたそれに準備が良いなと思いつつ。

「さっきからこっち見てたのはレイヴン?」

ぼんやりと船の縁にもたれていた時から何となく感じていた視線があったのだが。

「ん~?・・・さあ、どうかね」

「?」

何だかニヤニヤとしながら差し出されるグラスをひとつ受け取る。
船の縁にもたれて並んで座る。
手に持ったグラスに半分程度の琥珀色の液体が注がれた。
すんすん、とついクセで匂いを嗅いでしまう。

「怪しいモンは入ってないから」

ちらと視線を向ければ、苦笑した顔。
酒に強いか弱いかと聞かれれば、強くはないと答える。
あまり飲まないから、自分の限界もあまりよくは知らない。
ゆらゆらと揺れる表面に薄らと映り込む、夜空の星を。
グラスを傾けて喉に少し、流し込んだ。

「~~~っ」

独特の苦みが舌の奥の方を滑り、飲み込んだ喉がカッと熱くなる。
思わずグラスから口を離して、プハッと息を小さく吐いて上を見上げた。

「あ、ちゃんにはちょっちきつかった?」

大丈夫?と覗き込む気配にそちらに視線を向けようとした。
ヒョイ、と手からグラスが取られる。
てっきりレイヴンが慌てて取り上げたのかと思った。

「何飲ませてんだよ。おっさん・・?」

見上げたレイヴンの顔が、その視線が自分の背後を見上げているのに気が付いて、その視線の先を追って振り向いた。

「ユーリ」

いつの間に。
月と星の明るさを遮る様に、暗い夜空に溶け込むように長い黒髪が風に揺れている。
陰って見上げた顔は良く見えない相手は、呆れたような声音で手に持つグラスの液体を揺らした。

「なーに青年。折角ちゃんと楽しくお酒飲もうってところなのに邪魔しないでちょうだいよ」

ユーリの言葉にちょっと眉間に皺を寄せてレイヴンが口を返すが、言う程には邪険な態度ではない。

「飲みたいなら、せーねんは自分のグラス、自分で持ってきてね」

「・・これでいい」

「それは・・・」

私の分なんだけど、と見上げれば船の光を受けてちらと見えた先の相手の視線の合った瞬間、ぐっと眉間に皺が寄ったのが見えた。

「あっ」

そして、止める間もなくグラスに残った分をぐいっと飲み干してしまった。

「ッ・・ゴホッ」

「あぁ・・そんな一気飲みするようなもんじゃないし、もったいない・・」

嘆くレイヴンを空のグラスを持ったまま、むせながら睨みつけている。

「ッハァ、・・お前も・・!」

「大丈夫?・・・ん?・・イタッ」

むせて屈んでいた顔を覗き込もうとすれば、ゴチッと頭上で鈍い音がしてそれがユーリの持っていたグラスだと気が付く。
じんわりと小さな痛みが瞬間的に広がって、思わず睨めつければそれ以上に不機嫌な顔で見下ろされる。

「そんな強いわけじゃ無いってのに酒なんて飲まされてんなよ」

「強くも無いけど、ちょっとずつなら飲めるよ」

「あのなあ」

腰に手を当てて、説教モードに入ったユーリからそっと目をそらす。
レイヴンとお酒を飲んだからってどうなるわけでもないし、その気も無いレイヴンとのんびり飲むくらいちょっと夢心地になるくらいで何も危険なことは無い。
・・と思うのだが、ユーリから見るとそうではないらしい。
このおっさんは手が早いんだぞ、とくどくどとグラス片手に叱りつけてくる。
レイヴンが口を尖らせて文句を言ったところで、一睨みで黙らせるくらいだ。

「・・・ユーリ、フレンみたい」

「!!はぁっ?!」

「あー・・そういうところ、おたくらほんとそっくりよねー」

レイヴンもどことなく脱力したように同意してくるので、うんうんと頷けばユーリが拳を握っている。
どうやら、反論をしたいらしかった。

「僕が、どうかしたのかな?」

「あ、フレン」

ちらと背後を見れば、カロルはいない。

「ああ、カロルは眠そうだったから先に休むって」

視線の先を追って、船室を見てにこりと笑う。
背は伸びてきたが、まだまだ成長盛りの少年だ。
たっぷり睡眠をとってこれからもっと大きくなるんだろうな、とどこか感慨深げに思っていればぐいっと手首を引かれて視線が揺れた。

「?ユーリ」

無理やり引っ張り起こさせたユーリに、戸惑うように声をかけたフレンの目の前にユーリが空のグラスを突き付ける。

「おっさんが、何でも相談してくれってさ。お前も久しぶりに会ったんだろ?何か指導してもらえよ」

思わずといった風に受け取ってしまったフレンに向けて話すユーリは、後半部分でレイヴンの方をみてどことなく意地悪そうに笑った。

「ちょっと、せーねん?ひどいんじゃなーい?」

「んじゃ、後はよろしく」

はぁ、と気が抜けた声を出すフレンに、溜息をひとつ吐いてレイヴンが座る様に促す声が背後に聴こえた。
失礼します、と遠慮がちに返すフレンが、きっとお酒が入って未来の帝国について熱く語り出すのをレイヴンは夜通し聞くことになるんだろうなと思った。



「ユーリ?」

「・・・・・」

「ユーリさーん・・・」

「んー」

んー、じゃないだろう。
夜空を見上げてぼおっと考え事をしているようなユーリの髪に手を伸ばす。
相変わらずさらさらでつやつやだ。
両手を頭の下に敷いている相手の横の髪をそっと掬って、束を3つに分ける。

「・・おい」

「ん?」

さすがに何をされるか分かったのだろう、低い声で制止がかかった。
残念に思いながら手から解き放てば、するりと夜風を纏って髪は綺麗に解けていった。
羨ましい限りだ。

「・・・酔ってる?眠いなら船室に行けばいいのに」

自分はいつもここで寝ているけれど、寝心地がいいとは間違っても言えない。
船室の上の固い屋根の上だ。

「・・・・」

「ユーリ?」

「俺に、何か言うことがあったんじゃねえの?」

暫く黙った後に、小さく漏らすような呟きが夜気に紛れていく。
視線を向ければ、一瞬交わった視線はまた夜空に向けられてしまった。
言いたいこと。
思い出す、甲板でのユーリの表情、態度。
言ってやりたいことはあるけれど、言って態度を改める気は無さそうだなと思ったから言わなくても良いかなと思ってしまった。

「いい」

「・・・そっか」

どことなくつまらなそうに言う相手に、きょとんと瞬きをする。
見つめれば、またちらとこちらを向いた相手はどことなく気まり悪げに反対側にごろりと寝返りを打った。

「・・・言って欲しいんだ?」

「・・いや、いい」

「ユーリ?」

「・・・・・」

もしかして、もしかしなくとも。

「拗ねてる?」

何の反応も帰って来なかったが、珍しいとその向けられた背中を瞬きをしながら見ていれば急にそれがこっちを向いた。
向いたかと思えば両手が伸びてくる。

「ぅ、あ!」

避ける間もなくガシッと両耳を掴まれて思わず変な声が出てしまった。
見下ろして睨みつけた相手も、こちらをねめつける様に見上げて来るが。
何も言わない無言の時が流れる。

「・・・ユーリ」

「何だよ」

まるで仲間外れにされた子どもみたいな態度をとる相手に、溜息を吐いた。
離してくれそうにない耳は諦めて、その代わりと言っては何だがこちらも手を伸ばしてその髪を両手で透いた。
どことなくくすぐったそうに眼を細める相手を見下ろして、顔にかかる髪をそっと退ける。
肌も白くて綺麗だなと改めてしげしげと見下ろせば、居心地悪そうに小さく唸って直後、こちらの耳に伸ばした指先をさわさわと動かす。

「!!っ」

びくりと揺れれば、嫌がらせと腹いせを仕掛けてくる相手がにんまりと口角を上げる。

「本当・・子どもじゃ、ないんだからっ・・」

「んー・・?」

「・・っふは」

どことなく引き寄せられるような手に抗わず相手の上に屈みこんで、露わにした額にそっと唇を寄せる。
耳に触れていたユーリの手が小さく震えた。

「・・・おあいこ」

「・・言うようになったな」

間近で見つめ合って、小さく笑う。

「言わないよ」

「・・・あっそ」

「その代り、放っておいてなんかあげないから」

「・・・何だそれ」

「私も、誰も、みんな」

分かったような、分からないような。
そんな複雑そうな顔をして、それから夜空に視線をそらして。

「・・・・・・・・好きにしてくれ」

そう言って、でもどこかほっとしたように表情を緩める。
手が離れたことで身を起こして、その隣に寝そべった。
星の距離はそれぞれがとても遠い。
でも目に映るどれも、きらきらと輝いて。
夜空が明るいのはどの星も明るいから。

「ひとりじゃ無い」

ひとりになんか、しない。
夜空に紛れてしまいそうだとしても。
影の中で太陽に焦がれる様に笑うくらいなら。
その手を引っ張って陽だまりに連れ出してやる。

「・・・・・」

ユーリの声は返って来ない。
ふと触れた左手に自分の右手を寄せて、小指を一瞬絡めて離した。




◆アトガキ



2015.7.12






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