声がする方に歩き出して細い路地を曲がったところに和服を着た小さい子供がうずくまっていた。 「どうしたの?ひとり?」 「・・ううん・・かあさん」 「お母さん、見失っちゃった?」 「うん・・」 「そうか。じゃあ一緒に探しに行こうね」 「いっしょ?」 しゃがんで声をかけていれば、膝と腕の間に埋めていた頭がそっと動いて前髪の暗がりから覗く瞳と目が合った。おっと、とても綺麗な金の瞳だ。でも短刀でもないようだし彼はどこの誰の子だろうと思いながら手を差し伸べれば、おずおずと伸ばされた小さな手がこちらの手をきゅっと握った。 「あれ?そういえば物吉貞宗様・・・?」 よし、と言って立ち上がり一歩を踏み出そうとしてやっと空になっている片手に気が付いたが、足をストンと地に下ろした瞬間その瞬きのような一瞬の間に空が色を変えた。 「・・え?」 見上げれば燃えるような夕日が地に沈み美しい藍色が端から広がって行こうとしている。さっきまでまだ昼過ぎだと思っていたのだが、気のせいだったのか今日だけの何かそういった演出のようなものなのだろうか。 「おねえちゃん?」 「あ、ううん、なんでもないよ。行こうか・・・」 不安そうに繋いだ手をくいと微かに引かれて、はっとして笑みを返す。そうだ、今はこの子のお母さんを探すんだった。まずは時の大時計の迷子センターに行こう、とそちらに目を向けてまた愕然として辺りを見渡す。 無い。この32番街のシンボルでもあり時間遡行軍との攻防の優勢を知ることも出来る塔が無い。思わず呆けて改めて辺りを見渡したそこはさっきまでの32番街と同じようで違う場所だった。 「え、何か光って・・浮いてるけど」 「鬼火、だよ・・?」 「え、鬼火?あ、えっと今日はそういう日だからそういう演出なのかな?」 「?」 「えっと・・取りあえず、お母さんはどんな人か教えてもらっても良いかな?どんな服を着ていたとか」 取りあえずどこからでも見えるはずの塔が目に映らないことは一旦忘れることにして、ここから動くにしてもやみくもに探して見つかるわけもないと、聞こえてくるざわざわと行き交う者の騒めきとその黒っぽい人影が作る妙に濃い影の群れを視界からずらす。 せめて見た目や特徴でも教えてもらわないことにはと低い目線に合わせて尋ねれば、その金の瞳がくりんと鈍く光を反射してこちらを見上げた。 「ひとじゃないよ」 「え」 「おれの母さんは・・」 「!見つけましたっ・・勝手にいなくなっちゃだめですよ!」 底知れぬ金の奥の闇を覗き込む寸前、誰かに襟首をくんと掴まれた気がした。項に手を伸ばそうとすれば背後から少し焦ったような声と共に白い人影が走ってくる。 「あ、物吉貞宗様。良かった、どこに行ったのかと」 「それはボクのセリフですよ!もう、びっくりしたんですから」 言って、手を伸ばされる。 「あ、でもこの子のお母さんを探さないと」 「この子、ですか?」 子どもと繋いでいたのと逆の手を取られ思ったよりも強く握られて驚いたようにその顔を見るが、その淡い瞳はぼうと前方を見つめている。普段の物吉貞宗様からは見たことのないどこか表情が抜け落ちたような顔に内心怯んでいれば、その瞳がこちらを向いて瞬きの合間にふわりと笑みに変わった。 「大丈夫ですよ」 「?」 「坊やっ」 「!!母さんっ・・」 物吉貞宗様が瞳を細めてにっこりと笑った瞬間に背後から女性の声が聞こえてきて、繋いでいた小さい手がするりと離れていった。振り返れば美しい黒髪をなびかせて走ってくるその足元に先ほどの子供が駆け寄ってその勢いのまま抱き着いている。 「ほら!良かったですね」 「あ、そうだね。見つかって良かった・・」 腰に抱き着く子どもに片手を添えて深々とこちらに礼をする女性に何を返す間もなく、踵を返した物吉貞宗様に軽く引っ張られるように歩き出す。 ふと気づけば、辺りは薄ぼんやりとした水色の端に橙色が忍び寄る空の下で、先程の妙に濃い影の群れもぼうと宙に舞う青白い火も見えない。 さっきのは一体何だったのだろうか。 「もう交代の時間ですよ、帰りましょう!」 | ||
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