「亀甲貞宗様ー・・?」

こっちから声がしたかと思って細い道を一本入ったが、特徴的な白いパンツにジャケットの姿は見当たらない。聞き間違えだったのかもしれないと元の通りに戻ろうとした視界に何か白い影が映ったような気がした。
亀甲貞宗様がこちらを置いてさっさと行ってしまうとは思わないが、もしかしたらはぐれている間に何かが起こって追跡している最中とかかもしれない。取りあえず行ってみるだけ行ってみて、違うのだったら今度こそ戻ればいいかと影を追ってさらに道を曲がった。

「ん?あれ?」

道を一本入っただけだ。それだけだというのに急に視界が暗くなった気がした。確かにさっきまでより建物と建物の間は狭いから陽が陰ったといえばそうかもしれないが、と見上げた視界におかしなものが映る。
ふわふわと浮遊してぼんやりと明滅を繰り返しながらちろちろと燃えるような・・。

「え、鬼火?というか、空が・・っ?」

空は何時の間にやら日が沈む遠くの橙から淡色を挟んで藍色へと変化している最中で、いくらなんでもさっきまでまだ明るい午後の陽射しが照っていた筈が急にこんなに時間が経つはずがないし、誰かの悪戯という言葉では済ませることの出来ない鬼火がいくつもいくつも舞っている光景に思考が止まりそうになる。
ここはどこだ、32番街では無いのかもしれないと凍り付いたような思考回路は唐突に服の裾をくんと引っ張られる小さな衝撃で我に返った。見下ろした視界には真白くところどころが跳ねた髪、こちらを見上げる金の大きな瞳に見下ろす自分の影が映っている。

「え、鶴丸国永様・・・?」

裾を引く手は小さく、表情が乏しい顔はけれどふっくらとした頬を持ちあどけない。来ているものこそ少し違うものの、どこからどう見ても小さい鶴丸国永に見えた。

「ど、どちらの鶴丸国永様ですか?」
「???」
「ここがどこだかお分かりですか?」

一行に喋らず、眉を落として首を傾げている様に不安がよぎる。何か良からぬことに巻き込まれて幼児化してしまったのか、もしくは風の噂に聞く審神者様とのお子なのだろうか。
何にせよ、こんなところに一人きりにはできないとしゃがんで視線を合わせる。

「すいません、ちょっと抱っこしても良いですか?」

伸ばされた腕にびくりとした相手に、出来るだけ優しい声音で安心させるようにすればおずおずと伸ばされたその脇の下に腕を通してよっこらせと抱き上げた。小さな手が首元にきゅっと抱き着くのが可愛らしい上に、子ども体温なのかとても暖かい。
抱き上げられたことが嬉しいのか首筋にすりすりとすりつくふわふわの白い髪がくすぐったい。収まりが良いところを探しているのか腕の中でもぞもぞとしながら指先やらをちょいちょいと触ってくるのがかわいい。
もし天気の良い縁側にいたら確実にぎゅっとしたままごろ寝してしまうだろうとついつい和んでしまう胸の裡をいかんいかんとしゃきっとさせた。まずはとりあえずここからの脱出を図らねば。

「ちょっと歩きますからね・・・・あれ?」

よしよしと背中を軽く撫でてさてどちらに行けばよいかと考えるその手の甲に、何かふさふさとしたものが触れた気がした。それに気を取られていたのだろう。急に陰った視界にハッとして振り向こうとするのと同時に、抱き上げていた鶴丸国永様が身を固くしてぎゅっとこちらの首筋に縋り付いてくる。

「こら。彼女に悪さをするんじゃない」
「は、えっ・・鶴丸国永様・・?」

背後の存在に警戒した様子の腕の中の小さな鶴丸国永様と、振り向いた先に立っていたいつも見る大人の姿の鶴丸国永様を見比べる。白虎隊に所属している鶴丸国永様なら見分けがつくがこの鶴丸国永様には見覚えが無い。

「きみも、そんなどこの獣の子か知らないがほいほい手を出すんじゃない。何かあったらどうするんだ?」
「手を出すって・・私が何か良からぬことしてるような言い方やめてください。ああ、獣の子って、成程」

腕を組む鶴丸国永様が睨みつける、こちらの腕の中の小さな鶴丸国永様にはいつの間にか獣の耳と尻尾が生えていた。さっき手に触れたのは尻尾だったのかと納得するが、耳も尻尾も毛が逆立っているし、どう見ても鶴丸国永様に威嚇をしている。

「こう見ると、幼気な鶴丸国永様を大人げない鶴丸国永様が睨みつけていじめているように見えますね」
「あのなぁ。・・まあ、ソイツもどうやらそう悪いものでも無いようだし、その分だと化けて驚かすのがせいぜいってところだろうが」

言った顔が正面からぐいと、こちらを上から覗き込む。思わず仰け反ったが純度の高い琥珀のような瞳がじいっとこちらを見つめている。

「心配してついていればこれだから。きみは本当に”俺”という個体に縁があるよなァ」
「ついているって・・いつからですか」
「最初からだ。とにかく、まずはソイツを離して戻ろう。おそらく、亀甲貞宗がきみのことを探している」
「戻るって、でも・・」
「大丈夫だ、ほら」

差し出された不思議な手甲をつけた白い指先とその顔を見上げる。心配しているという眉は少しばかり下がっていて、どこの鶴丸国永様かは分からないけれど着いていっても大丈夫なんだと、ぼんやりその手に自身の手を伸ばす。

「わっ、ちょっと危ない、落ちますよっ」
「・・・ソイツなら落としても大丈夫だろう」
「いや、でもわっ、わわ」
「はぁ、全くやれやれ」

急に暴れて首筋によじ登ろうとしてくる小さな鶴丸国永様、もとい獣の子に伸ばしかけた手を引っ込めて両腕で支えようとすれば呆れたようなどこかひんやりとした声音が落としてしまえと呟く。だが、いくら獣の耳と尻尾が生えていても、悪さをしてくる様子も無い小柄ないきものを地面に落としたりなんて出来ないとひとまずしっかり抱きかかえれば、腕の中の獣の子はさらにきゅっと首の後ろをしっかり掴んで離すものかと引っ付かれてしまった。

「もう、鶴丸国永様が意地悪なことを言うからですよ」
「・・分かったわかった。そう揃ってこちらを睨みつけてくれるな。・・おい、」

睨んではいたが、ずいっと顔を近づけられればぴっと耳と尻尾を逆立てて首筋に顔をうずめてしまう。

「怖い顔、禁止です」
「・・ああ、ほら。これでいいだろう。・・少しだけだからな。少し付き合ったら俺と彼女を元の場所に戻すこと。・・いいな?」

両手を上げて離れた鶴丸国永様がふうと息を吐いて静かに語り掛ければ、腕の中から金色の潤んだ大きな瞳がこちらを見てそしてまた鶴丸国永様のことを見て、しばらくしてからやっとコクリと小さく頷いた。
少ししょげたような耳の根元をそっと撫でて笑いかければ、きょとんとした顔がふんわりと花が綻ぶような笑みをみせる。この子、化ける能力だけでたぶん審神者含めてそこいらじゅうの人間を簡単に虜に出来そうだ。

「・・その獣の怖さが分かったようだな」
「あー、確かにこれは参りますね。かわいいです」
「同意はしかねるが、分かってもらえたと思えば良かったとするか。・・次は気を付けてくれよ」





→ 「さて、とじゃあまずは何をするか」










PAGE TOP