「うわっ、ぷ・・・はっ、はぁ・・あれ?」

見失ってしまった二振りの姿を彷彿とさせる白猫の、そのゆらりと揺れる尾に誘われたように細い道に入り込めば少し進んだ辺りで急に顔に何か薄いものが当たった気がした。蜘蛛の巣にでも引っかかったのかと慌てて目の前の何かを振り払おうとしたが、特に何かに触れる様子はない。
どうやら大丈夫そうだとぎゅっと瞑っていた目を開ければ、そこは薄ぐらくてどこか開けた場所だった。32番街にこんな場所はあっただろうか。

「?・・えっと、誰かいますかー・・?」

目に映るのは、神社にありそうな灯篭、石畳、そして真っ暗な影と化している平屋の建物。振り向いた先にそびえる鳥居に、建物やらなにやらの形から本丸という審神者と刀剣男士が住まう場所を想定したが、どうして自分がここにいるのか分からない。
迷い込んだとはいえ故意に不法侵入したわけではなく、むしろすぐに立ち去りたいほどしんと静けさに満ちた薄暗い場所に否応なく不安になる。

「あの、勝手に入ってしまってすいません、すぐ、出ていくん、っ?!!」
「わっ!!」
「っひぃ?!」

追ってきたはずの白い猫の姿も無く、呼びかけても誰も出てくる様子も無いが一応断りを入れつつじりじりと背後の鳥居の方に歩を進めた時だった。
背後から両肩をわしっと掴まれビクッと身体が揺れる間もなく第2波が放たれ堪えきれない悲鳴が喉から漏れ出た。直後、耳元で小さく炸裂した笑い声は嫌というほど、むしろ今日も一日中聞いていたような声だ。

「え、鶴丸様?」
「っふ、いやいやここまで驚いてくれるとはきみ、驚かしがいがあるな」
「驚かされたというより、脅かされたというか、私の心身がおびやかされたんですが」
「ははっ、すまんすまん」

バッと振り仰いだ先では見慣れた白い髪に白い衣を揺らし、金の瞳をきらきらと輝かせた刀の付喪神様が笑っている。
だが、何かがおかしい気がした。

「えっと、どちらの鶴丸国永様かは存じませんが、勝手に入ってしまって申し訳ありません。ここはどこかの本丸ですか?どうにも迷い込んでしまったようで」
「・・そうだなぁ。まあ、怪しい奴めと急に切りかかったりはしないぜ。きみと会えて、俺は嬉しいんだ」
「?そうですか・・」
「ああ」

何が楽しいのか、にこにこしながらこちらの頭を撫でてくる鶴丸国永様を見るに白虎隊に所属していないことは分かったが、それ以外のことが何も分からない。例えば、本来ならばどこかに繋がっているはずの紐の先はふつりと途切れていて、どんなにその先を見ようとも霧がかったように霞んで見えない。存在自体がどうにも曖昧で、ともすれば瞬きの合間に消えてしまいそうな不安定さを感じた。

「・・そう、まじまじと見られると穴が空いてしまいそうだな」
「あ、すいません」
「いやいや、謝ることは無いし、もっと近くで見てくれてもいい」
「遠慮します」
「そうか、そりゃ残念だ」

ぐいぐい近づく距離を両手で押しとどめれば、全く残念そうには見えない顔で軽やかに笑った相手は屈めていた上体を起こして右手を差し出してきた。その手と顔を交互に見れば、きょとりと見返される。なんだ?

「どうした、ほら」
「え?なんですか」
「折角だから手を繋いで行きたくってな」
「?どこに行くんです」
「っ、!おっと」

聞き返しながらも、「ん」と小さく振られた片手に催促されあまりに邪気の無いその顔につられて伸ばしかけた手は、急に駆け抜けた突風によって遮られ相手のその白い手を掴むことはかなわなかった。

「きみ!!」
「あ、あれ?”大甘菜”の鶴丸様、いつの間に・・」
「いつの間に、じゃないぞ!急にいなくなったきみを散々探したんだからな!!それが、どうしてこんなところに・・」

”大甘菜”の鶴丸様は騒々しくしていることは無いがいつも少年のような無邪気さで笑っているところしか見たことが無かった。こんな大声を出して、しかも怒っているような・・・。

「そんな唖然とするようなことをした覚えはないんだが」
「いや、”大甘菜”の鶴丸様のそんな顔初めて見たなぁと」
「はぁ・・怒る気が削がれるな。・・、おい」
「お、俺のことかい?」

はぁやれやれといった表情を隠さぬ顔が、瞬時にその金の瞳を眇めて私の向かいにいるもう一振りの鶴丸国永様を睨みつける。そんな低い声も聞いたことは無い。 ”大甘菜”の鶴丸様には珍しいそれらの態度が、いかに心配をかけたかを語っていた。さすがに申し訳ないと思うも好きではぐれたわけでもないし、自分からここに来たいと思ったわけでもない。

「ああ。悪い気はしなかったからそのままにしてやったのを、こんな仕打ちで返されるとはな。さっさと引きはがして捨ててしまえばよかった」
「そう物騒な顔をするな。彼女が引いてる」
「話をそらすな。・・言い訳があるならさっさと言うんだな」
「お、聞いてくれるのか?きみ、見かけによらず優しいんだな」

空気を読んだので「お二振りとも見かけは同じですが」とは言わなかったが、何やらこの事態について知っていそうな”大甘菜”の鶴丸様が押し黙って私の隣で腕を組んだので、私も黙って目の前のどこか不安定な鶴丸様を見る。視線が合った相手はふわりと変わらぬ笑みを浮かべた。

「確かに急に連れてきたのは悪かった。だが俺もな、やっぱりきみと一度こうして話したかったんだ。許してくれ」
「許すというか、まだそんな何かされたわけでもないし」
「ははっ、優しいなァ」
「きみなぁ・・・俺と五虎退からきみを引き離してここに誘い込んだのはこいつだぜ」
「え、そうなんですか?」
「あっはは、驚いてるな。まあ、その”俺”の言う通りだ」
「えー・・・」

私の微妙な顔と反応にくつくつとおかしそうに笑っているが、やはりどうにも悪意を感じないのでこちらも緊張感や警戒心というものを持つことが出来ない。

「・・ずっときみを見ていてな、悪いものには連れていかれんようにと思ったのも本当だったんだが。ほら、今日は死者の祭りだろう」
「ハロウィンのことですか?」
「ああ。・・ちょっと羨ましくなってしまってな。”俺”も混ぜてほしかったのさ。誓ってきみに何かしようとしたわけじゃないんだ」
「どこかに連れて行こうとしていただろう」
「聞いていたのか?まあちょっと”俺”の神域探検にでも・・お!?っと、はっはっは、冗談だ冗談。・・・まあ、折角こうやって招待したんだ。立ち話も何だしお茶のひとつも出そうと思ってな。本当に、他意は無いぜ」
「どうだかな」
「一杯だけでも、付き合っちゃくれないか・・?そっちの”俺”もそう警戒してくれるな。良ければきみたちの話が聞きたい。・・ダメか?」

ずっと嬉し気に笑っていたその眉が少し下がってどこか気弱に伺うような目で見てくる。どうすべきか、信じていいのかとつい傍らに立つ”大甘菜”の鶴丸様を見てしまう。こちらをちらと見て”大甘菜”の鶴丸様の金色の瞳は真っ直ぐ相手を見据えた。

「害は無いんだな」
「勿論だ、鶴丸国永の名に誓おう。いや、すぐに帰りたいと思うのなら残念だがちゃんと送り返すが・・」
「ええと・・まぁ一杯だけなら」
「!そうか、そうか!」

パァアと輝いた瞳と花開いた満面の笑みに呼応するように、急に薄暗かった辺りがさぁっと明るくなった。なんだなんだと上向けば綺麗な青空にどこからか桜の花びらが降ってきている。

「うわっちょっと待ってください・・!」
「おい、急に動き回るなって」

視界を巡らせている内に手のひらにするりとひんやりとした体温が潜り込んできてきゅと握りしめられたかと思えば、くんと強くひかれた。
転ばぬように慌てて足を動かせば、空いていたもう片方の手は慌てたような”大甘菜”の鶴丸様に掴まれる。おかしな一列が揃って向かう先は建物の入り口で、振り返った鶴丸国永様はこちらの様子を見てまた笑っている。





→ 「ようこそ!さあ、遠慮せずに入ってくれ」










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