白い猫も気になるが、今はそれどころではない。迷子を保護するどころか自分が迷子になってどうする。いや、ただはぐれただけで個々の場所が分からない迷子では無いのだが、と思いながら辺りを見渡す。
この人混みなのでもしうっかりはぐれた場合は慌てず騒がずの集合場所を決めている。今どの辺りにいるのかも分かっているが、行先の方角を定めようと街の中心に立つ大時計を探して視線を巡らせたのだが。

「え?ない・・え、嘘、いやいやそんな」

思わず口に出してしまったが、あるはずのものがいくら見渡しても見つからなければ愕然としてしまうのも致し方ないというもので。代わりに視界に入ってきたさっきまでとはどこか違う風景に追い打ちをかけられたかのように、ぽかんと開いた口が閉まらなくなった。
やけに、本格的な仮装をしているように見える。さっきまでこんな面々に囲まれていただろうか。槍ほどの背の高い影には角と尖った耳が見えるし、はんなりとした和装を着た美女の振り返った顔はのっぺりとして目も鼻も見当たらない。
えっととても良くできた仮装ですねと言いたいが、これはますます五虎退様と鶴丸様を見つけなければならないと急に心臓がドキドキと焦りだしたのが分かった。

「あ、」

そんな視界の隅で見慣れた、いや少し目線が低い気もしたが白い袂が翻る。あの白さ、絶対に鶴丸様だと慌てて追いかけたが、路地に入ったところで白い猫を前にしゃがみ込むその姿にうっと言葉が詰まった。向こうは路地裏に駆け込んできたこちらを驚いたように見上げてくる。足元の白猫も揃ってこちらを見てくるものだから、無言の二対の真ん丸な金目と目が合ってしまった。

「・・・えっと、鶴丸国永様?」

いや、明らかに自分の知っている見た目ではないし、知り合いにこんなちんまい鶴丸様はいないが、とりあえずちょっと違かろうが見知った姿であることに違いはない。通りに戻って得体のしれない仮装の相手に声をかけるよりもハードは低いと、勇気を出して声を掛けてみた。
が、不思議そうにこちらを見るだけで返事がない。そろそろと近づいてみれば、小さな鶴丸様はしゃがんだままだが白猫はぴくりと体を震わせてどこかへ走って行ってしまった。

「あ、あっごめんなさい・・?」
「?」
「えっと、とりあえず・・飴でも食べますか?」

走り去ってしまった猫を静かに見送ってこちらを見上げた無垢な金の瞳に罪悪感が湧いて取りあえず謝ってしまったのはこの国で生まれ育った性だ、仕方ない。それにがっかりした様子も怒る風でもなく、取りつく島を考えて思いついたのが飴だった。
取り出せば、金の瞳がパァアと期待に輝いた。かわいい。

「なあ、それもほしい。それは、だめか・・?」
「これですか?ごめんなさい。これは後で返す約束なんです」
「じゃあ、それは・・?」
「これも預かりものなので、駄目なんです」


一粒口に含んで嬉しそうにもごもごしているのを見ていれば、ついとそのこれまた小さなサイズの手甲をつけた手の指先ですいとこちらを指差された。何事かと思えば胸元のジッパーで揺れているロールパンのチャームだ。つい見た目に合わせて「ごめんね」と言ってしまいそうなのを言いなおす。次に小さな鶴丸様が指差したのがポケットから覗いていたハンカチで、どちらもハロウィンの悪戯で今日一日だけ持っていろとされたものだったのだから仕方ない。
ついにその小さくも綺麗な顔立ちをしょんぼりと萎れさせてしまった。とはいえ、自分のものではないのであげられない。どうしたものかと思っていれば、きゅっと手を掴まれた。

「これは?」
「ああ、えっと・・取れるかな」

指先のちょっとぷくっとした文字を指差されて、これならば良いかと朝剥がれなかったそれに再度チャレンジする。もうひとつの指の爪の先で擦り取ろうとした。

「はぁっ、はっ・・やっと見つけた!!」
「え?あ、”大甘菜”の鶴丸様、良かった」
「いやもう本当に心配したんだからな。”俺”らしい気配を辿って来てみればこんなところにいるなんて、・・ところで、何してるんだ」
「あ、ええ取れないかと思って」
「はっ?!」
「えっ」

”ヨーグルト”の鶴丸様が爪先に悪戯で貼ったシール?のような文字を剥がそうとしただけでどうしてそんなにも驚くのか分からないが、驚愕といった顔をした”大甘菜”の鶴丸様は溜息を吐いてこちらの手首を掴んだ。

「それはそのままにしておくんだ。・・随分くっつけたもんだとは思ったが・・これは確かに心配になるなぁ」
「え?なんです??」
「それで、そっちは?」

困ったような深い溜息と共に、今度がその金の瞳が小さな鶴丸様の方を睨んだ、様な気がした。今度はこっちが驚く番だ。いくら見た目が違うとはいえ同じ鶴丸様なのだと思っていたが、何か違うのだろうか。

「五虎退様と”大甘菜”の鶴丸様と合流しようとしていたら鶴丸様を見かけたので、お二方を見ていないか聞こうとして」

まだ、何も聞いていないし、ついでにいえば飴をあげて内心可愛がってしまったのは内緒だと思っていれば、困り顔を通り越して呆れたような顔をしている。何でですか。私の行動の何がそんな顔をさせているのだろうか。

「きみ、それが鶴丸国永に見えたのか?」
「え?見えたというか今も・・いや少しお小さいなと思っていましたが」
「それは”俺”じゃあないぜ」

そら、と促すように”大甘菜”の鶴丸様が低い声を出せば小さな鶴丸様はぴっと怯えたように微かに跳ねた。

「わ、え?耳と尻尾?」
「狐狸の類だろう。きみはそんなにくっつけてるから、”俺”に姿を寄せれば警戒心を無くすだろうと思ったんだろうな・・まあ意識的にか、無意識かは分からんが」
「私には”大甘菜”の鶴丸様がおっしゃっていることが分からん、なのですが」
「きみ、俺の姿をしてるから多少小さくとも声を掛けたのだろう?」
「ああ、・・確かに」
「そういうことだ。・・おい、きみ何でそれを庇う」

私と”大甘菜”の鶴丸様が会話をしている間にも、小さな鶴丸様は”大甘菜”の鶴丸様からじりじりと離れようとする辺り偽物は本物が怖いのかもしれない。でもまだ見た目は耳と尻尾が生えた小さな鶴丸様だ。つい庇ってしまいたくなる。

「いや、だって・・今のところ害は無いですし、かわいいですし」
「あのな、ついさっき言葉巧みにとられそうになっていただろう」
「なにをですか」
「”俺”たちの・・・あーもう・・・ソレ、がきみにはかわいく見えるのかい?」
「かわいいですよ、小さな鶴丸様」

”大甘菜”の鶴丸様からは距離をとろうとするも、私の腰元を掴んで大人しくこちらを見上げている様は、ああ頭を撫でてしまいたくなる。誘惑に負けて白いふわふわの髪を撫でれば、しっぽが揺れている。かわいい。

「はぁ。その分だと、きみの気や好意を引き出すためにそう言った見目を取るってことが、そいつの身を守る手段なのだろう」
「つまり?」
「言い換えれば庇護を求める姿を取らなきゃいけないくらいにゃ力が弱く、人に大した害を与えることも出来ない輩というわけだ。さてそろそろ戻るぞ」

無言で小さな鶴丸様を見れば、しょんぼりとその耳と尻尾が垂れている。とてもここには置いておけないと大いに気が引かれるがそんなものは見通しだと、”大甘菜”の鶴丸様にしては普段滅多に見せない怖い顔をした。

「・・斬られたく無ければ大人しく立ち去るんだな」
「鶴丸様、」
「それがそいつの手段だと言ったろう?ただの、手段だ。他のやつにもそうやって庇護を求めて生き延びるだろうさ。そら分かったならさっさと戻るぜ。五虎退も必死できみのことを探していた」
「・・・ごめんね」

手を振れば、ふるふると首を振って小さな手が降り返された。一つ鳴いて跳ねた後ろ姿はもう鶴丸国永様とは違うどこかしなやかな獣のように見えたが、あっという間に影の中に走り去っていった。





→ 「やれやれ、さて帰るとするか」










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