「トリックオアトリート、せんせ」
半分空けてある扉から中を覗いて、いつもの定位置に座っている相手の姿を確認する。
扉に片手をかけて、何かの紙の束を熱心に見つめていたに向かって声をかければ、その目はチラとこちらに向けられた。
「あら、色男さん。あなたのお目当てのモノはそこよ」
最初にコチラを見てからはまたすぐに手に持つ紙面へと視線を戻し、そこから一歩も動かぬままの片手がすいっと動き入り口脇に置いてある小さな棚の上を指した。
「・・・・・」
その余りにも素っ気ない態度に内心ガッカリしながらも、一歩足を踏み込んで細い指先で指し示られた棚の上を確認する。
腕の中に丁度抱えられるくらいの植物の蔦で編まれた籠の中に、クッキーと飴玉がいくつか入っている。
もう近所のちびっこどもが取りに来たあとなのだろう、籠の底に数個残っている中から一つだけ飴玉を失敬して悩んだ挙句懐に仕舞った。
最初に話して以降、一言もしゃべらず自分がいることすらもう忘れているんじゃないだろうかと思うほどの真剣さで備え付けの机に座っているの姿を目で捉えながらズカズカと室内へと入り込む。
その動作にも一向に気を配ろうとしない彼女の背側に回り、勝手に脇の寝台にドッカリと腰をかけた。
診察用の簡易ベッドは、ギシッと軋む音を立てて自分の体重に少しだけ沈み込む。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・片割れはどうしたの?」
自分でも子どもっぽい態度だとは自覚していたが、無視されていることへの対抗心で無言のまま背後からじっと視線を送っていれば、さすがに居心地が悪くなったらしい。
小さく咳払いをして、が背中越しに問いかけてきた。
・・・って、何でソコでアイツのことなんだよ。
ちょっと・・、いや結構ムッとして口元に力が入る。
「・・・・・知らね」
黙ってようかと思ったが、折角コチラに意識を向けてくれたのにそこで会話終了になってしまっても困る。
不満たらたらではあったが不承不承相槌を打てば、そこではやっとコチラを見た。
とはいえ、やっぱり動く様子も無く肩越しの「チラリ」だったけど。
「ふぅん?何、またケンカでもしたの」
「ちげーよ」
特に関心を引いた分でもなく、でもそれっていつもことよねと流されそうだし何の心配もしてくれない。
全くつれないに完全にむくれて、寝台の上に力なく倒れ込んだ。
横になった視界に落ちてくる自分の髪をそのままに、隙間から覗く白衣の背中を眺める。
「・・・・・」
「・・・広場でとっつかまってんの。そんだけ」
「成程」
何かしら合点がいったのか、は小さく頷いてそれからやっとくるりと椅子を回してコチラを向いた。
ちょっと愉快気なその表情に、早くも余計なことを言っちまったと後悔するも遅い。
「金髪の王子様はハロウィンの仮装で女の子にモテモテでそこから動けなくなっちゃったのね」
「・・・・・」
「拗ねない拗ねない。そんでヴァンパイアさんは巻き込まれそうになって逃げてきたの?」
「・・・うっせ」
くすくすと笑う顔は貴重だったけど、言われた内容が内容だっただけに顔を背けてそのままうつ伏せになる。
背から流れた黒い布地がずるりと滑って床についた気がしたが、面倒くさくてそのままにした。
「小さいお姫さまから近所のおばさま方まで、たくさんの女性に囲まれて弱り切ったフレンくんの様子が容易に目に浮かぶわね」
楽しそうに笑う声。
キィっと椅子が鳴る音。
踵の無い靴が立てる静かな足音。
枕元の傍に気配が近づいて、寝台を揺らさぬようにそっと腰をかけたの白衣がふわりと鼻先で揺れて扱う薬品の独特な匂いがした。
オレはそれが嫌いではない。
うつ伏せのままの頭の上にそっと乗せられた手がゆっくりと動く。
「ユーリくんは片割れを助けもせずに置いてきちゃったのね」
「片割れとか、そんなんじゃ無いっての」
「相棒?」
「相棒は、ラピード!」
そうだったね、とまたくすくすと笑いながら指先がそっと髪を梳いていく。
その仕草にうっかりまどろみそうな気分になるのを叱咤する。
そうじゃないだろ、オレ。
折角フレンを撒いてきたってのに何してんだっての。
すぐそこに腰掛けているの気配、頭の上にある小さな手。
逃す手はない。
獲物が油断したその隙を狙おうと、じりじりと様子を窺う。
相手は完全に気を緩めている。
「・・、」
名前を呼ばれたことに反応して動きを止めた、その後頭部に軽く乗せられていた細い手首をぎゅっ、と掴まえる。
驚いたように微かに手を引こうとする動作を捕えた手の平に感じるも、離さぬまま体勢を変えて下からその顔を覗き込んだ。
驚いたようにこちらを見下ろす顔。
いつもつれない態度を取るくせに、こういう時は結構隙がある。
どこか抜けてるし、もしオレが見たまんま落ち込んでるか拗ねてる態度をし続ければきっと彼女なりに慰めようとしてくれただろう。
・・まあ、全部ウソってわけでも無いんだけど。
掴んだ手をくっ、と下に引っ張って少し身を屈める状態のを仰向けで眺めながら、掴んだままの手の平にそっと頬を寄せた。
の目が見開かれて、そのまま2度3度瞬きを繰り返す。
「・・・、」
よし、このままこっちのペースに・・、そう思って開きかけた口は、の目がふっと柔らかく細められたことによって音を発せずに終わる。
「どうしたの、ユーリくん。・・甘えたい気分?」
「?!っ」
にこやか、だけどどこか違う。
どちらかというと、ニッコリと笑みを刷く口元。
「ふっふーかわいー。実はね、せんせいSっぽい人相手だとMになっちゃうけど、相手がMっぽいと思ったらSになれちゃう性質なんだ」
「・・・は」
ポカンと、空いた口が塞がらない。
聞いてないしいきなり何を言い出すんだと思うが、目の前のはそれはもう初めて見たかもしれないほどイイ顔でニンマリと笑う。
「弱ってるユーリくん、せんせーが遊んであげよう」
「へ、いやいや、ちょっと待て」
おいまて、違うだろ!
ここはオレが手をひっぱって体勢を崩したを寝台に転がして上から覗き込んであれこれ・・・まぁ、色々と、そう!色々楽しむトコロだろ?!
脳内がパニックに陥って、しょうもないことをツラツラと考え出すが表情は引きつっているのを感じる。
S?が?
いやいや、オレも別にMってわけじゃ・・。
「って、おい!何すっ・・」
ニッコリ笑ったまま、がオレの隣に乗り上げてきてその重みで更に寝台が軋んだ音を立てる。
シチュエーションがシチュエーションならば、よく来てくれたなイタダキマス、な状態だったが思っていたものと違う。
っていうか真逆。
仮装用のマントの端を絶妙にの脚が踏んでいて身動きが上手く取れない。
上から覗き込まれて盛大に顔が引きつった。
「ユーリくん、覚悟を決めて楽しく遊びましょうか」
「や、本当にちょっと・・って、・・」
やけに嬉しそうな顔に、何だかコレも違うんじゃないかと疑問が浮かぶ。
そしてソレはの手がオレの髪に伸びたことで確信になった。
「やー、一度はユーリくんの髪で遊んでみたかったんだよね」
わー、サラサラでツヤツヤ!と頭上で小さくも歓声を上げるを呆然と見上げる。
しかも、だ。
「わっ、おいちょっ」
「・・・シャンプーとか何使ってんのか知りたいわ。いや、むしろリンス?・・ユーリくんがリンス?想像つかない」
「離れろって!」
「でも、何か甘いイイ匂いするし・・髪の手入れに気を使ってる風にもみえないのに、何この髪質本当にうらやましんだけど」
髪を束で持ち上げてスルスル指の間に落として、顔を寄せていたりする。 後何より近い、近すぎなんだよ!
屈みこんで来れば白衣から覗く胸元、首筋その他もろもろがいつにない距離で眼前に広がって、カウンターパンチをくらった気分だ。
下半身に直結しそうな光景を慌てて自由に動かせる手で追いやろうとする。
「ツインテール」
「オイその両手を離せ、マジでキレんぞ」
「怖い顔しない。んじゃ三つ編みね」
「やめろっての」
もはやSとかMとか関係ない上に、絶対はSじゃないだろうとか、今となってはどうでもいいことを考えながら、何とかマントの端を足の下から引き抜こうと四苦八苦する。
その間にもは、三つ編みやらどこから取り出したんだと聞きたくなる赤いリボンでポニーテールやらと、人の髪の毛で勝手に遊んでいる。
「いい、加減に、しろっ」
「わ、」
やっとこさマントの端っこを取り戻して、引き抜いた勢いをそのままに上にいたの腰をガッと掴んで引き寄せつつぐるりと体勢を入れ替える。
「形勢逆転、だな」
ビックリしたようにこちらを見上げるの両手を己の髪の毛から引きはがして、顔の横で縫いとめてやった。
「で、誰がMで誰がS・・だって?」
「あ、っと・・・お手柔らかに?ヴァンパイアさん・・」
これはマズイかもと逃げ場を探し出して左右を見回すの顔に、ぐっと顔を寄せる。
「そーいや、今はそうだったな」
自分の仮装している衣装を思い出して、寄せた顔を少しずらしての首筋に顔を埋める。
「ちょ、ユーリくん、やめくすぐったい」
すうっと息を吸い込めば、首筋からは白衣からする薬品の匂いとはまた別の香りがする。
「なあ・・」
「、なに」
「その、くんってやつ、取って」
その匂いを吸い込んで、はぁっと息を吐きながら耳元に口を近づけて低く囁く。
瞬間、ビクリとその体が揺れた。
また首筋に鼻先を埋めて少し強くなったようなその香りをかぐ。
気のせいじゃなく、瞬時に熱を帯びたのが寄せた肌から伝わってきてクラクラした。
「んっ、ユーリくん待った」
「待ったナシ」
「なっ」
慌てたように押し戻そうとする手は、加減を間違えれば折ってしまいそうでちょっと慎重に押し付ける力を加える。
「な、」
「・・っ」
「呼んで」
耳元で。
「・・ユーリ、って」
呼べと、囁く。
目をぎゅっと瞑って、喉の奥で小さくつめたような声をもらすの顔を見下ろす。
引き結ばれた口元にちょっとムッとした。
・・・呼ばないつもり、ってか。
「あっそ。んじゃーこのまんま・・」
「!トリックオアトリート!!」
「っ?!」
急にパッと目を開いた眼下のが叫ぶように声を発した。
その内容に反応が遅れて思わずパチクリと瞬きをする。
「ほら、ユーリくん。トリックオアトリート!」
「・・・・・」
どこか怒ったように繰り返すに、さてどうしたもんかと思考を巡らす。
1、このまま強引に押し進める。
2、んじゃ、甘いもんは後でな、と押し進める。
3、もらった飴を返す。
「いや、ってかもうイタズラしただろ、勝手に」
「あれは宣言する前だからノーカウントでしょう」
「なんだそりゃ」
ノーカウントノーカウントとうるさいに思わず脱力する。
雰囲気も何も無くなってしまった。
力の抜けた手に、今の内と言わんばかりにが抜け出しかける。
「っと、逃がすか」
寝台から降りようとした腰を掴んで胸元に引き寄せる。
小さな悲鳴を上げて、の体はあっけなく寝台の上に転がった。
すかさず後ろから腕を回してガッチリと抱え込む。
「ちょ、何して・・離してユーリくん!」
「あー、もうウルサイ」
「ウルサイって、トリックオアトリートだって、ばっ!」
言いながら抜け出そうともがくを更に引き寄せて、後頭部に顔を寄せる。
そこからもふわりとの香りがして、何だか疲れた体が瞼を重くさせてきた。
抗わずに深く息を吸って、吐く。
「え、いや待って・・まさかこのまま寝るつもりじゃ」
「さすが、せんせご明察。んじゃオヤスミナサイ」
「待って待って、さすがにコレは」
「起きたら甘いもん作ってやるから、もう大人しく寝ろって」
「誰が!この状態で寝るかっ!」
寝られる訳が無いでしょう、離してと尚も暴れようとする耳元に口元を寄せて。
「今すぐ口移しで飴玉が欲しいなら、お望みどおりにしてやってもイイケド?」
ピタリと動きを止めたに、残念と囁いて。
そしてそっと瞼を閉じた。
◆◇*------------*◇◆
遅ればせなら到着した金髪王子様が、結局二人してすやすや寝ている光景を前に瞠目して怒り出すまで、
吸血鬼は穏やかな微睡を手に入れました。
メデタシ、メデタシ。
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