目当ての人物を求めてバンエルティア号の中をうろつく。
時刻は正午を少し過ぎたころ。
途中、自分と同じく目的を持って移動する他の船員に声をかけられては、所持していたアップルグミを手渡してにこやかにその場をやり過ごしていたのだが。
「いないなぁ・・」
機関室で話していた魔女の帽子とマントを首に巻いたチャットとウサギの耳を付けたカノンノにグミを渡してから、ついぼやく。
もしかしたら早くから依頼で船を下りているのかもしれない。
「?は誰かを探してるの?」
「あ、・・うん。ユーリさんを探してたんだけど・・」
グミと交換だね、と嬉しげに用意していたらしいキャンディーをくれたカノンノが首を傾げて聞いてくるのに、少し躊躇った後答えれば、その瞳はきらりと輝いた。
「そっか!ユーリさんはお菓子作るの上手いもんね」
私も会ったら声をかけてみようと笑うカノンノとチャットに手を振って、手持ちの少なくなったグミの補充も兼ねてショップへ行こうと、機関室からホールへと続くはしごに手を掛けた。
上る途中、どこかで扉が開く独特な音が聞こえてくる。
「あ」
「・・ん?」
はしごから顔を出し音のした方を向けば、丁度右手の廊下へ続く扉から人影が一人ホールに出てきたところだった。
全体的に黒い服装に、同じく黒い長い髪が長身の背で揺れている。
あくび交じりに後頭部に手をやってる相手が、声に気が付いたように少し上の段からこちらに視線を向けた。
「おはようございます?ユーリさん」
まさかと思い声をかければ。
「・・おそよーさん」
まだ眠たげながらも返事が返ってきた。
どうりで見当たらないわけだ。
こんな時間までずっと寝ていたらしい相手に、普段ならカウンターの方から少しばかり冷ややかな挨拶が聞こえてもいいはずだが、どうやら今はそこには誰も居ないらしい。
階段を下りてくるユーリさんと同時にはしごを上りきってから、ハッとする。
そう、今日の目的を果たさなければならない。
常日頃、散々イタズラをされている身としてこの日ほど堂々と仕返しが出来る日は無い。
先手必勝。
「ユーリさん、トリックオアトリート!」
聞こえた言葉にピタリと歩みを止めて、ユーリさんがこちらをまじまじと見てくる。
その瞳が少し丸くなっている様子から内心でガッツポーズを決める。
もしや、これは今日がハロウィンだとは知らなかったという反応ではないだろうか。
すなわちそれは、今ユーリさんがイタズラを回避するものを何も持っていないということで。
「あー・・・」
ハッキリ返さないその声、うっかりしていたとその表情が告げている。
「それで、か」
「?・・わぷ」
伸びてきた手が赤いポンチョのフードを持ち上げて、被せてくる。
大きなフードは被せられれば視界が陰る。
被せられた上からポンポンと頭を叩かれて、見えない相手にフードを脱ごうと四苦八苦する。
「これも、何かの仮装なのか?」
「これは赤ずきんっていうおとぎ話の主人公の格好ですよ」
「赤ずきんってやつは男なの?」
「ツッコミはいりませんよ」
赤ずきんの簡単なあらすじを聞かせたカノンノから、エプロンドレスを貸してあげるよ!と言われたが、可愛らしいエプロンドレスなんてハードルが高すぎで、白い丸襟のシャツと黒いショートパンツを借りることにした。
ロックスが買ってきてくれるんだけど・・こんなにあっても困っちゃうよね、と少し遠い目をするカノンノにちょっと見せてもらった彼女の衣装ダンスの中は、普段着るもの以外にも結構カオスなものがつまっているみたいだった。
ロックスの服の趣味自体がカオスなのか、カノンノに対する服のセンスがちょっとアレなのかは判断が付かなかった。
真相は闇の中である。
というわけで、赤ずきんちゃんというよりは赤ずきん少年だ。
もはや元ネタの作品を無視した格好だが、元の話を知らない人ばかりなので何の問題も無い。
「で、トリックオアトリート。どうですか?」
何とか抑えつける手を外してフードを脱ぎながら、期待に満ちた目で相手を見つめる。
実をいえば、持っていても持っていなくても私としては構わない。
ユーリさんのお菓子も欲しいとは思うけど、きっとそんなに用意周到に持ち歩いてなんていないだろうとは予想していた。
それならばイタズラで、やっとやられっぱなしの状況から抜け出せる。
湧き上がる高揚感、勝ったと心の中で思った瞬間。
「・・今は何も持ってないな。分かった」
「あ、はい・・・ん?」
あっさりと負けを認めるような口調。
余りにも淡々とした口調の相手に戸惑いながらも反射的に返してから、ちょっと首を傾げてしまう。
えっと、じゃあこれはどんなイタズラをすればいいのか考えればいいのだろうか。
いつもの仕返しをと意気込んではいたものの、いざその時がきたとなったらさてどうしてやろうと思いつつも、コレといった良いイタズラが頭に浮かばない。
うーんと考えつつも、一向に動こうとしない相手に、まさかイタズラ待ちかと見上げれば。
「んじゃ、今度はオレの番な」
ニッと笑う相手が口を開く。
来た。
でも大丈夫、まだアップルグミは残ってる。
このオレのターン的な流れはすでに読んでいた、と余裕の顔で続く言葉を身構える。
「トリックオアトリート」
「はい、どうぞ」
取り出したグミをさぁ、お食べと言った気持ちで相手の差し出された手の平にコロンと乗せた。
ユーリさんはその手の平に転がった一粒の赤いグミをじっと見下ろす。
「・・・まぁ、自信満々に声かけてくるからには、何かしら持ってんだろうとは思ったが・・」
そしてどことなく微妙そうな表情を向けられた。
「な、何ですか、文句でもあるんですか!グミですよ、れっきとしたお菓子じゃないですか」
「間違っちゃいないんだが、な・・」
どことなく残念そうな目で見てくる相手に、ついムキになってしまう。
バレンタインでもあるまいし、ハロウィンのお菓子に手作りでも期待してたんじゃないだろうかと胡乱気な目で返せば、ユーリさんは手の平のグミをポイッと口に放りこんだ。
食べるの早いな、と体力回復の必要も皆無な時分にアップルグミを食べる相手を見上げていれば、その長身がすっと下りてきた。
「へ・・、?!」
思わず後ずさろうとした体は阻まれて下がれなくなり、と同時に伸びてきた左手に顎をくっと持ち上げられて仰向いた視界が暗く陰った。
黒と紫が混ざったような深い色の瞳に覗きこまれて、ピシリと固まった口元に何かがぷにっと押し付けられた。
「んむ・・・っ!!」
反射的に固く噤んだ口元に相手の眉が寄り、かと思えば新たに視界に入ってきた右手が鼻をつまんだ。
「・・・・・」
「・・・・・
顎を抑えられて動けないまま、んむー、と睨みつけて時が過ぎ・・・。
「んーー!!っぷは、んぐっ」
もうムリだ!と観念して口を開けて大きく息を吸い込んだと同時に何かがポイッと放り込まれた。
喉につまりそうなそれを慌てて飲み込む。
それを見て、鼻をつまんでいた手も放してさっさと離れたユーリさんの顔を睨みつけた。
「なっ、何してくれてんですか!イタズラする権利はコッチが持ってるはずですよ!っていうか、今、何を」
「アップルグミ」
「は」
思わず目が点になる。
それはさっき私が渡したものでは・・・。
というか、それならさっき早速食べていたはずだよね・・・?
「の、半分」
へ、とマヌケな声が出る。
「いや、まさかそんなの反則・・っ」
「あんたにもらったのはちゃんと半分食べたろ。んで残りもオレのものになったんだから、どう使おうがオレの自由」
これでイタズラは回避だなーとニヤニヤと笑う相手に、返す言葉が見つからない。
なんて、大人げないヤツなんだ、ユーリさん。
日頃散々、人にちょっかいかけてくるくせに、人からのちょっかいはさらっと回避して、ちょっとした仕返しすらさせてくれないなんて。
「心が狭い」
「まー、そう言うなって」
思わず拗ねた口調でこぼせば、大きな手が頭を軽く叩く。
手の隙間からじっとりと睨み上げる。
ユーリさんは暫く黙っていたが、仕方が無いと言った風に溜息を吐いてからこちらの腕を掴んで踵を返した。
「わぁーったよ。んじゃ今日だけな。が食べたいもん、甘いもんでも何か作ってやるって。だからんな顔すんな」
歩き出したその背中で広がる髪につい見とれていれば、頭上から聞こえた声に思わず見上げる。
「え」
「さて、アップルグミずきんさんとやらは何が食べたいんだ」
人の腕をとったままさっさと食堂に向けて歩き出すその歩に、ててついて行きながら、少し振り返る顔を呆けたように眺めてしまう。
「アップルグミずきんじゃなくて赤ずきんなんですけど、って本当に?何でもいいんですか??」
「材料があるもんならな」
これは思わぬ収穫だ。
何しろ、ユーリさんの作るお菓子はとってもおいしい。
が、面倒くさがりなユーリさんはそう作ってくれないので、その手作りスイーツに与れる機会はそう多くない。
いや、滅多に無いといってもいい。
今回は期待していなかった分、まさに棚から牡丹餅のような気分だ。
「えっと、じゃあ・・」
「早く決めねえと勝手に決めちまうぞ」
「あ、ちょっと待って」
「ほら、いーち、にー」
謎のカウントダウンに急かされながら、ユーリさん特製スイーツのラインナップを慌てて頭の中で思い浮かべる。
「プリン!あ、生クリーム付きで!」
「プリンな。赤ずきん姫のおおせのままに」
辿りついた先の食堂の扉を開けて振り向いたユーリさんは、どこか慇懃無礼にも見える大仰な仕草で胸元に手を当てて僅かに頭を垂れる。
さらりと流れた長い髪の間から挑発的な瞳がこっちを覗いていて、思わず足を止めてしまった。
止まってしまった私の腕を椅子の近くまで引いてから離して、ユーリさんは何でもないかのようにさっさと奥の調理台へと向かい冷蔵庫の中の材料を物色し始める。
それはたぶん、座って待ってろということなのだろうが。
「・・手伝ってもいいですか?」
卵と牛乳を取り出したユーリさんに向かってそう言えば、きょとんと振り向いた相手は暫く考えてから目を細めて頷いた。
「ほれ、交代」
「はぁー・・・」
ぐったりとした腕の中のものをひょいっととられて、解放された身体を調理台に預ける。
「ん、後ちょっとって感じだな」
ユーリさんが手に持ったボールの中で泡だて器を持ち上げて生クリームの角を見ているのを、手を握ったり広げたりとほぐしながら聞く。
「お疲れさん。プリンが固まるまでもうちっとかかるだろうから、座って休んでな」
「はーい」
その言葉にありがたく椅子に座って、ひんやりとするテーブルに頬をペッタリとくっつける。
生クリームを泡立てるというのは本当に根気のいる作業だ。
自分が持つと腕に余る様に感じるボールも、あっさりと抱え持って何でもないかのように軽く泡だて器を操るユーリさんをそのままの体勢でじっと見る。
食堂の中にはカラメルソースを作っていた時の甘く焦がしたような香りと、蒸しているプリンの柔らかい香りが漂っている。
ボールの重さと回し続けた腕の疲労で、うとうとと視界が揺れる。
思わず小さく漏らしたあくびに気が付いたのか、軽快に生クリームを泡立てるチャッチャッとなる音が一瞬止まった。
「寝ててもいいぜ」
「でも、まだ盛り付けが・・」
まな板の上の切ったフルーツに目をやる。
「出来たら教えてやるって」
「うー・・オネガイシマス」
眠気が押し寄せてもうどうにも起きたまま待ってられそうになく、迷った挙句頷けば同じく頷く相手を見ている内にもう視界がぼやけて、瞼が落ちた。
「トリックオアトリートー!ってアレ、ユーリ?」
「ん、ちょうどいいところにきたな」
食堂の扉を開けて元気よく入ってきたケモノ耳を付けたジーニアスと、彼に連れられて船内を回っていたのか妖精の羽をつけたプレセアがユーリの手元を見て微かに目を見開く。
「何か甘い匂いがすると思ったら、ユーリがいるとは思わなかったよ」
「そっか。んじゃこのプリンは2つともプレセアにやるかな」
「あ!ちょっと、それはないよ!」
「私はひとつで」
プレセアの言葉にジーンとしてる少年に苦笑して、持っていたもうひとつのプリンを手渡す。
「あれ、そこにいるのって・・・」
プリンを食べようと席に座ろうとしたジーニアスが先客に気が付いて声を上げた。
近づいて被さっている赤いポンチョの隙間から顔を覗いてやっと誰だか分かったようだ。
「も、ユーリのプリンを食べてたの?」
「・・・・・」
言いながら隣の席に座ろうとするジーニアスの横で、寝ている様子のをまじまじと見てから、手に持つプリンと、そしてこちらを見てプレセアはそっとジーニアスの服の袖を引いた。
「え、座らないの?プレセア」
「甲板で、食べましょう」
「あ、うん分かった」
プレセアがそういうなら、とスプーンとプリンの入った容器を持ってまた立ち上がり、ジーニアスも食堂の入口に向かう。
「悪いな」
「いえ、プリン・・ありがとう、ございます」
そっと頭を下げたプレセアたちが出ていって、また食堂が静かになった。
たくさん作って置いてどうやら正解だったようだ。
それにここにいる分、自分はもちろん、にイタズラをしようとする輩も回避できる。
ちょっと手間もあったが、作ったものをさっさと渡して追い出せば面倒なイベントごと回避できて一石二鳥だ。
二人が来る前に訪れたカイルとリアラとジューダスにもプリンを渡し、ユーリさんも甘いものお好きですよね、と微笑みとともにリアラから渡されたチョコクッキーをひょいっとつまみながら、食堂のテーブルに突っ伏して寝ているを覗き込む。
自分の腕を枕にして横を向いてぐっすり寝ている様は、リフィル先生の授業をさぼっているシングみたいだとカイルが笑っていたが、お前はどうなんだとジューダスに突っ込まれて目を泳がせていた。
起こそうか起こすまいか迷いながら、頬を指先で軽くつつく。
「・・・・・」
指先が柔い肌に少し埋もれるふにふにと柔らかい感触を楽しんでいれば、の眉根がきゅっとしかめられ、居心地が悪そうに身じろぎをしてから反対側に寝返りを打つ。
肩にかけていた赤いポンチョがずり落ちそうになったのを、指で引き上げてかけ直す。
向けられた後頭部に小さく溜息をついて、つむじにそっと唇を寄せる。
ついで髪を流れに沿って梳き覗く耳にそっとかけて。
「おーい、。そろそろ起きろよ」
「ん・・んん?」
「じゃねぇと・・食っちまうぞ」
上から屈みこみ耳元に口を寄せて、殊更低い声でゆっくりと囁く。
途端、びくっと身体を震わせてが跳ね起きた。
耳元を抑えて真っ赤な顔でテーブル沿いに仰け反りながら、こちらを睨む目は起き抜けだからかうっすら潤んでぼやけている。
全くもって隙だらけで、迫力も何も無い。
「な、何するんですか!起こすならもっと普通に起こしてくださいよ!!」
我ながら意地の悪い表情を浮かべているのは承知で、思わず緩む頬を抑えきれない。
コレだからをいじるのは楽しい。
「何だ、食っちまっても良かったのか?」
ニヤニヤと続ければ、素直に口先を尖らせる。
「作ってくれるって言ったのはユーリさんなのに・・」
そう言いながら、まだ残っているプリンを見つけてほっとした顔をする。
「生クリームのせるんだろ?」
をちょいちょいと調理台へ手招くも、ぶつぶつ文句を言いつつ警戒してか近寄ってこない。
毛を逆立てた猫みたいだなーと思いつつ、来ないなら仕方が無いと絞りに生クリームを詰めて残りのプリンに盛り付けていく。
バンエルティア号に乗っているメンバーでハロウィンを楽しむ奴らが後何人来るか分からないため、小さな容器に分けてたくさん作ったプリンに少しずつ絞り出し、切って置いた桃の切れ端とチェリーを添える。
その間に、そっと近づいてきたが手元を覗き込んできて、ほぅと目を輝かせているのが目に入った。
「もやってみるか?」
「え。でも私たぶんこんなユーリさんみたいに上手く盛り付けられる自信ないです・・」
迷いつつ受け取りながらも、絞りとプリンの入った容器とそしてこちらを見上げて戸惑うように視線を泳がせる。
「やってみればいいさ」
促せばおずおずと容器の上に手を伸ばしてそっと円を描いていく。
まぁ、確かにちょっと形は崩れてはいるが、生クリーム自体はしっかり泡立ててあるからしっかり渦を巻いてのっけていくことは出来る。
中心近くで上手く生クリームを切ることが出来ずへちょりと垂れた先端が倒れ、が小さく声を上げた。
「ん、いいんじゃねえの」
「でも、何か最後のが変に・・」
「フルーツ乗せちまえば大丈夫だろ」
「うーん・・」
まだ出来上がりに納得がいかないように絞りを持ったまましょんぼりとしているを促して、次の容器にも生クリームを絞ってもらう。
生クリームを絞ってもらった上にフルーツを乗せていれば、廊下をこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
さて、次は誰が顔を出すのやら。
ルカを引きずってやってきたイリアとスパーダにさっさとプリンを渡して撃退し、コレットとすずが仲良く食べていき、通りかかっただけだと言い張るリオンには生クリーム多めで2つあげて、ウェイグと一緒にピーチパイを配って戻ってきたクレアにお二人もどうぞと渡されたピーチパイとプリンを交換し、プリンも残り少し。
「トリックオアトリートー、ユーリ!」
そんな中、元気な声で食堂の扉を開けて入ってきた赤毛の少年、マオにユーリは視線も寄越さずさっさとプリンを寄越す。
「もー、そんな食堂のおばちゃんみたいな出し方しないでヨー」
「出してやっただけ、有難いと思え」
「無かったらイタズラ、だもんネ!」
ぐっと突き出された親指が見えるような声を背中に、振り向こうとするカナエの後ろに立つ。
「上手くなってきたんじゃないか?」
「え、え?」
「生クリーム」
言われて手元を見てこちらを見上げる顔に笑い返す。
何故背後に立つんだろうという戸惑いと警戒を浮かべたは、褒められたことでちょっと気恥ずかしそうに調理台に向き直る。
調理台に残るプリンは後2つ。
嬉しそうな顔のまま最後の容器に生クリームの絞りをかざす手に、後ろからそっと手を重ねた。
「ユっ、ユーリさんん?!」
「そのまま、そーっと・・そう」
言いながら、上から添えた手で絞りを握る手を円を描くように導いていく。
狼狽えて戸惑った手が微かに震えるのを感じる。
「ちょっとー、そー見せつけること無いんじゃない?」
ぶーぶーと文句を言うマオの言葉にが慌てたように腕の中から逃げようと逃げ道を探すのを、肘と片足で阻んで左手だけ後方へ向けてシッシと追い払うように振る。
「ハイハイ、分かったヨー」
まだ根に持ってるヨと呟きながらもプリン片手にマオが出ていくのをチラと振り向いている間に、腕の下をくぐってが脱出を試みる。
それをすかさず足を延ばして阻止する。
「おっと」
「もう、ちょっと!一体、急になんなんですか!」
マオのイタズラを回避出来たことには気が付かないは、出るに出られず真っ赤な顔で抗議している。
「まあ、いいじゃねーか」
「良くないですよ!」
「ちゃんと、綺麗に出来たろ」
言えば、綺麗に絞られた生クリームを見てぐっと口を噤む。
腕の間にを閉じ込めたままそこに桃とチェリーを添えて、余ったチェリーをの口元に寄せる。
手から逃げようと下がってきた体が、とんと胸元にぶつかった。
ムっとした顔でこちらを見上げる顔は、手に持ったソレと同じ色をしていて。
それを見下ろしながら指先でつまんだままのチェリーを口に含んで、ぷつんと茎を外した。
「んじゃ、オレたちも食べようぜ」
何事も無かったかのように解放してスプーンとプリンを片手に乗せて、テーブルに来るように促せば渋々とついてくる。
向かい合わせに座って、プリンをひとくち。
「・・・おいしい」
怒っていたのをどうしていいか持て余しながら、寄せた眉根で呟く。
「そりゃ良かった。作った甲斐があったな」
「・・・・・」
無言のまま、もぐもぐとプリンを頬張るを見て自分のプリンを食べる。
まあまあ、いい出来だ。
美味しい。
今日の目的はしっかり果たせたと言っていい。
最初こそ、今日という日にイタズラをし返すという目標を掲げていたのだが、お手製スイーツにあり付けたのだ、コレはコレでよし、な結果である。
・・はずなのだが釈然としない。
「・・・・・」
結局、イタズラされまくっているじゃないか、自分。
くっと噛みしめた口の中でスプーンに歯が当たるカチリと固い感覚。
チラと目の前を見れば、満足そうに自分で作ったプリンを頬張るユーリさんがいる。
何だかなぁ。
「?・・どうした?」
はぁ、と溜息をついてプリンを食べることに専念しようとしていれば、視界に何かが入ってくる。
自分の持っていたものじゃないスプーンの先からチェリーが転がって、食べかけの生クリームの上にポトリと落ちた。
「え、いや、いいですよ!」
「何だ、食べたくて見てたんだとばかり」
しれっとした顔で言いながら、自分の分をまた食べ始めるユーリさんの容器に何となく桃を一切れ乗せる。
「・・・・・」
「交換で」
これでおあいこだろうと視線を向ければ、何とも微妙な顔。
「・・ま、いいけど」
パクンと食べている。
その動きに合わせて揺れるはずの長い髪は、今は項で1つに結ばれている。
作業するのに邪魔だろうと髪ゴムを渡したのでポニーテールにしているユーリさんは、いつもとちょっと違って見える。
顔周りがスッキリしていて、少しだけ誠実さのような何かが増したように・・・。
「んにっ・・ちょ、何で人の頬っぺたつねるんですか」
くいっと軽く捻られた頬を慌てて抑えて身体を引く。
「何か失礼なコト考えてるような気がしたんで」
胡乱気な顔でこっちを見ているユーリさんに内心ギクリとする。
時折発揮されるこの読心術ほど厄介なものは無い。
「、気のせいですヨ」
「目が泳いでんぞ」
「ユーリさんと違って正直者であることを隠しきれないこの性分が憎い」
「とことん失礼なヤツだな」
オイコラ、と口元を引きつらせるユーリさんから目をそらす。
カチャリとスプーンが空の容器に触れる音がする。
静かに立ち上がる音に思わず顔を上げれば、自分の空の容器とこちらの容器を重ねて調理台のシンクに置いて、そしてまた戻ってくる。
ありがとうございます、ともごちそうさま、とも言えず、そりよりも無言でこちらに歩いてくるユーリさんに本能的に席を立って距離をとろうとした。
「どこ行くんだ、赤ずきんさん?」
「ちょっと森に、お散歩へ・・・」
ガッチリつかまれた手首はブンブン振ってもやっぱり放される気配は無い。
恐る恐る見上げた先で、髪を結んだゴムを片手で外しながら浮かべられたにこやかな笑みに慄く。
「そりゃ奇遇だな。オレも食べた分は運動しねえとなと思ってたところだ」
ニッコリ。
「あ、の、私戦闘はその・・」
「グミ、持ってついてきてくれんだろ」
「・・・・ハイ」
◆◇*------------*◇◆
赤ずきんちゃんはオオカミさんに森に拉致られましたとさ。
メデタシ、メデタシ。
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