狼男と猫娘

午後の授業を終えて、寝ぼけ眼をこすりながらペンやらノートやらを適当に突っ込んだ軽いカバンを持つ。
寄り道して帰ろうか、真っ直ぐ帰ろうかそんなことをぼんやり考えながら学校の正門をくぐった。

「よう」

回れ右してダッシュしようとした体は、あえなく捕まったセーラーの襟によって背後に引き戻される。

「うぐ」

「挨拶もナシに見なかったフリたぁ、良い度胸してるじゃねえか」

「度胸が無いから逃げようかと・・あ」

離せともがきながら、馬鹿正直に言ってしまった口を今さら押えてももう遅い。
つるりと滑った口を噤んでそろりと振り返った先、長い黒髪を後頭部でだんごに結わえて毛先を適当に流している、見慣れたくは無いが見慣れてしまった他校の制服に身を包む男子生徒は、それはそれはイイ笑顔をしてこちらを見ていた。
背筋を嫌な汗が流れる。

「へぇ、そっか」

「・・・えと・・」

「でも逃げる獲物は、なおさら追いたくなるんだぜ・・?」

「・・・今日はどちらへ・・」

往生際悪くその手を離そうともがいていたの耳に、低い囁きが落とされる。
校門を通るのは自分だけでは無い。
目立っている。
それもひどく。
はその原因である相手から逃げることは諦めて、取りあえずこれ以上こんなところで騒いでいたくはない、さっさと移動しようとユーリを促した。
だというのに、襟を掴んでいる相手はきょとんとして歩き出そうとしない。

「何か、用があったんじゃなくて?」

「いんや」

何となく、来ただけで特にどっか行く予定はねえなとしれっと返す相手に半目になる。
そんな暇真っ最中の相手に捕まるなんて今日の星座占いはきっと最下位だったに違いない。
今日はクレープ屋台は来ていない日だけれど、仕方が無い。
取りあえず公園にでも移動しようと、襟を掴む手首を掴んでは歩き出す。

「あ」

その手に大人しく引っ張られながらついてくる相手が、小さく声を上げて何事かと振り仰ぐ。

「あったぜ、あんたに用事」

その表情からして碌なことじゃ無さそうで、はやくもげんなりしているに気付いているのかいないのか、肩に乗せるように持っていた鞄をごそごそとし出した相手のために道の端に寄って止まる。
夕飯どうしようかなとぼんやりと薄い雲が流れる秋の空を仰いでいれば、ポスッと頭に何かが触れた。

「??・・何、コレ」

「それな、猫耳」

「・・・へ」

開いた口がふさがらない。
何でそんなもの持っているのかとか、何で人の頭にそんなもの勝手につけてるのかとか、とかとか。

「ちょっと、勝手に何やって・・ナニその満足そうな顔!!」

「いやー・・何でかあんたの頭にソレ、しっくりくんなと思って」

俺、いい仕事したわと至極嬉しげに人の頭に勝手に装着させた猫の耳とやらを、さわさわと触っている。
こんな、往来で、本当にこの男、何してくれてんだ。
ブチッと来たがそれを取って投げ捨てようと頭に手を伸ばした瞬間。

「あ、それエステルからな」

「・・・・・・え、・・エステル?」

「ああ。あんたにって、預かった」

投げ捨てられんのか?とその目が言っている。
それはもうニヤニヤとしたその瞳は本気でしばき倒したくなるのだが、頭上に伸ばした手は即捕えられて、まさかの往来でまさかの猫耳、まさかの万歳ポーズである。

「何で、こんな・・私エステルに何か悪いことしたかな」

「・・・・」

これが本物の猫耳なら、それはもうしょげているし尻尾は力なく垂れているだろう。
そんなの様子を、万歳ポーズで捕えたまましげしげと眺めて、ユーリはふっと笑う。
その笑みに、力なく睨み返せばすっと弧を描いた口から、今日一番の衝撃的な言葉が飛び出した。

「こりゃ、お菓子も悪戯も、我慢できないな」

「!!!」

その言葉に頭の中で慌ててカレンダーをめくる。
しまった、今日はハロウィンだった!!!
そしてハッとは思い出す。

「ある!お菓子持ってるから!!!」

「・・・へぇ?」

先に帰ろうとしたに、何故かアルフォンスは真面目な顔でコンビニでよく見る一口チョコが詰まったパックを手渡してきた。
何が何だかわからないけれど取りあえずありがとうと告げた時の、あのアルフォンスの「一応、気を付けてね」という謎の言葉の意味が今ようやく分かった気がした。

「チョコレート!あるよ」

好きだよね甘いもの、と訴えるをしばらく見下ろすユーリの笑みが不意に濃くなる。

「今、食べさせてくれんの?」

「?!・・」

手首をガッシリと捕まれている今、バッグに入っているチョコレートに手が届くわけが無い。
試しにもがいてみても、やはり相手の手は外れない。
むしろ少し力が強まった気がして、さぁっと青ざめるを前に器用に人の手首を一つにまとめて掴んだユーリはそれはもうイイ笑みでのたまわった。

「トリック&トリート」




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トリック&トリート。
あんたも甘味も、テイクアウトで。










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