魔王様の小悪魔

目が覚めて、背中の違和感に気付く。
何かが背中の下にあって、もぞもぞするし何だか少し痛い。
目を擦りながら起き上がりつつ、もう片方の手を背中に伸ばした。

「・・・?」

何だか薄いぺらっとしたものを触る。

「?・・何よこれ」

だというのに、背筋を伝うようにそれは触れられたという感覚を自分に伝えてくる。
徐々に、ハッキリとしてきた頭で恐る恐る部屋の中の姿見の前に立った。

「ちょ・・・何・どうしていつの間に・・・」

つんつんと引っ張ると根元が鈍く痛み、アリスは諦めてそれから手を離した。
どういうわけか自分の背中に生えている、ソレ。
暗色の光沢のあるそのペラと薄いものは、何処からどう見ても蝙蝠の羽に見えた。
ついでに背中を見ようと身体を捻って、鏡に余計なものが映り込んだ。

「ちょ」

「おや、良く似合ってるじゃぁないか。小悪魔なお嬢さん?」

しれっと背後に立っていた男が、扉を開けた音など全く聞こえなかった。
聞こえなかっただけなら良い。
扉など開けずに入って来られるなんていう現実とは向き合いたくないし、ましてやずっとそこにいました、なんていう恐ろしい事実も知りたくは無い。
でも、それより何より。

「お嬢さん・・じゃないわよ。何してくれてんのよあんた!!!」

ギリリと睨みつけた先の男は、愉快そうに口の端を上げる。
その表情と服装がまた似合いすぎてて、アリスは奥歯を更に噛みしめた。

「何・・と言われてもな。うちの連中はお祭り好きなのは知っているだろう」

ハッとしてアリスは窓辺に駆け寄る。
そこから見えた庭の景色にふらりとよろめいて、すかさず伸びてきた腕に支えられたことに頭痛を感じた。

「おやおや。私の可愛い部下はどうやら体調が優れ無いようだな」

「ふざけないで・・って、!何してんのよ下して!!」

流れるような動作で横抱きにされて気が付けばブラッドに抱えられている。
所謂、お姫様抱っことかいうもので普通の日常を送っている女子なら、そうそうお世話になる恰好では無いのだが、悲しいかなアリスは何度となくこの扱いを受けていて今さら赤面もしない。
必死に降りようともがけば更に抱えてくる腕に力がこもり、胸元に引き寄せられる。
ふわりと鼻腔をくすぐる薔薇とブラッドの匂いに、アリスは心底ぐったりとした。

「・・・・・」

「もう少し、抵抗をしてくれる方が嬉しいんだが」

「・・何であんたを喜ばせないといけないのよ」

「魔王たる私の腹心として、といったところだな」

くつくつと笑うブラッドがかぶるシルクハットには、いつもと違う2本の巻き角がついている。
カラスの羽のような黒い襟飾りのついたマントは重厚感があるのに、全く重そうには見えない。
ブラッドが歩くたびに視界の端で揺れるそのマントの縁の毛皮に頬をくすぐられて、アリスは小さく身じろぎをした。
そんなアリスの恰好は、襟元と袖に薄いレースが重ねられた深い緋色のシャツに黒い女性用の短めの飾りネクタイ、そして淑女にしてあるまじき黒のショートパンツだった。
いつもより出ている足元は、膝下の長さの黒と白のシマシマの靴下を履いているとはいえやはり肌寒い。
廊下を行くブラッドの歩みに、微かに吹く風を感じる。
身じろぎをして、無意識に熱源に擦り寄ったアリスをチラと見下ろして、ブラッドは小さく眉を上げる。

「・・・君は少し、露出が多すぎるな」

「・・今さら」

どうせ、あんたが選んだんでしょと思うアリスの身体に、ふんわりとマントがかけられて包みこまれる。
薄いシャツと足元を冷やす風が遮られて、思わず見上げてしまう。
すれ違う部下に熱めの紅茶を頼んだその瞳が、アリスのものと合った。

「、・・何だ」

間違いなく合ったはずの視線は、何故か何処となく余裕のない相手が先にそらしてしまって本当に一瞬のことだった。

「・・・いいえ」

何だか戸惑っているような、そんな珍しい反応をする相手をアリスもいつになくじっと見上げてしまう。
いつも皮肉気だったり怠惰そうにしていたり、横暴だったりするブラッドにぴったりといった格好をしているはずなのに、いかにもな態度をとるどころかむしろ真逆だ。
優しい魔王様、だなんて全く柄じゃない。

「・・・ブラッド、熱でもあるの?」

つい、可愛げの無いことを言ってしまった。
途端にむっと相手の眉間に力が入る。

「・・そうかもしれないな」

「えっ」

てっきり、即否定されるかと思ったのに盛大な溜息と共に肯定されて素で驚いてしまう。
そんなアリスを抱えたまま、自室に戻ってきたブラッドは真っ直ぐにベッドへと向かった。

「ちょっと、それならこんなことしてないでさっさと休みなさいよ」

再び下してと騒ぎ出すアリスごと、ブラッドはベッドに寝っころがる。
軽い衝撃とベッドの軋む音を聞いて、すぐに起き上がろうとしたアリスの腹に背後から伸びてきた腕が絡まった。

「ああ、怠いから君の言うとおり休むことにしよう」

「そ、う・・しなさい、よっ」

お腹の上でもがくアリスを器用にくるりと反転させる。

「っ」

気が付けば、ブラッドの腰の上に跨るように足を広げて、その胸元に手を付いて相手を見下ろしている自分に気が付いたアリスの顔が朱に染まっていく。
その様を下から見上げて笑うブラッドは、もういつも通りの笑みを浮かべていた。

「おや、大胆なお嬢さんだな。・・いや、今は可愛い私の部下、かな」

「なっ、な・・」

背筋を撫でおろして腰から尾骨を彷徨う手にふるりと体が震える。
ふくらはぎをなぞり上げてショートパンツの裾から入り込もうとする手に慌てて身を捩るアリスの片腕を、ブラッドが引っ張った。

「ぁっ」

あっけなくバランスを崩して倒れ込んだ先、ブラッドの首筋に顔を埋める形になったアリスの熱が更に上がる。

「おや、可愛らしく震えていたから寒いのかと思えば」

「・・離しっ」


そう、熱い吐息をもらすなんて、イケナイ子だな。


耳元で掠れたような低い声がして、湿った感触が濡れた音と共にそこを這っていく。
抱き込む腕が腰に絡みつく。
体の線を執拗になぞる指先が、そっと薄い翼を撫でればピクンと跳ねる体を止めることは出来なくて。

「オイタをする小悪魔には、お仕置きが必要だな」

くつりと笑う。
とろりと濃い毒が流し込まれれば、アリスは逃げ出す間もなく甘い罠に溶けていった。



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