何だか抜けたところがあるから、目が離せないっつーか。
そんなんだからか、つい忘れちまう。
あいつが、年上なんだってコト。
「・・・、何やってんだ」
「ユっ、ユーリ」
振り返った顔には「見つかってしまった!」と書いてある。
焦ったように視線を余所に彷徨わしていて、明らかに何かを隠そうとしているそんなの様子についムッと眉間に皺が寄る。
「なんでもないよ、じゃ、じゃあね」
こちらをチラと見上げたはそんなオレの様子に気が付いたのか、ぎょっとした顔でそそくさと手を振ってこの場を離れようとする。
そうはさせるかっての。
「待った」
ささーっと早足で立ち去ろうとしていたその襟首をぎゅっと握れば、うぐっ、と喉にものが詰まったような呻き声が聞こえた。
「ぅ、ちょ、のど、喉!襟首掴まないで、苦しいんだけど!」
「がなに隠してんのか言ったら、な」
「ぐ・・」
抗議する視線を受け流せば、見上げてくるその眉根を寄せては押し黙った。
への字の口元が、言いたくないと告げている。
そのままフイと視線をそらしたかと思えば、何を思ったのかするりと上着を脱いでしまった。
「あっ、コラおい!」
「後で取りに行くからちゃんと保管しててよ」
左手に残された中身のない布地に慌てて声をかけるも、抜け出た中身はコチラも見ずに捨て台詞だけ残して市場の中を人混みの中へと逃げ込んで行ってしまった。
「なんだってんだ・・」
そんなに言えないことだってのかよ。
まだ寒い時期だってのにシャツ1枚で風邪ひいたらどうすんだとか、下町育ちは頑丈だっていうがはさてどうだったか、とか。
馬鹿だから風邪なんて引かないかもしれないが、そんな恰好になってでも逃げられたことになんだか無性にハラが立って、左手に所在無さげに掴んだままの上着をぐちゃっと丸めて仕方なく小脇に抱えて反対方向へと歩を進めた。
「荒れてるね」
「・・・フレン」
下町を一通り歩いて騎士団のやつらとか貴族様のごたごたとかを適当にいなしたりボコッたりして一日を終えて、下町の居酒屋のカウンターで酒を煽っていれば気付けば隣に腐れ縁の金髪が立っていた。
その金髪を見て、今日のイライラの原因が思い出されてグラスに残っていた酒を一気に煽った。
「そんな飲み方して・・、君はそんなに酒に強く無いだろ」
「うっせえ」
ムカつくタイミングで来たと思えば、ムカつくことを言われてことさらイラッとして返せば、さすがにフレンも驚いた顔をする。
「何があったんだ」
「お前に関係ねえだろ」
呆れた顔でちゃっかり隣に座ったかと思えば、相談にでも乗るってか。
関係ねえとは言ったが、全く関係無い訳でもない。
「・・・・・」
しばらく無言で手元のグラスに残った溶けかけた氷を眺める。
小さく揺れた手元に合わせてカラン、と固い音が響く。
「が」
辛抱強くコチラが話し出すのを待っていたフレンが、その名前を聞いてきょとんとその瞳を大きくしたのが分かった。
関係なくは無い。
「姉さんがどうかしたのか?」
はフレンの姉だから。
「・・・まあ、姉さんのことに関しては僕もいつも見ているワケにはいかないから・・」
ユーリが見ていてくれて助かるよ、とフレンもさすがに若干呆れと諦観の表情をして零した溜息ごと一口グラスの酒を飲んだ。
このことに対してはいつもフレンは正直に感謝の言葉を口にする。
「あの人も、もう少し大人しくしていてくれたらいいんだけど」
「・・だよな」
そしてこのことに対しては、オレたちにしては珍しく意見が合致する。
そう、に対してはいつもこんな感じで。
「いつも悪いな。上着は僕が預かってるよ」
言って、眉を下げたフレンが片手を差し出す。
その手に、少々ぞんざいに膝の上に置いて腕の下敷きにしていた上着を見て、小さく頭を振った。
「いいって。オレの方が会うタイミング多いだろ」
言外に、お前は騎士団の仕事であんまし下町にいねえしと言ってやればフレンはまた小さく「すまない」と零した。
「それにしても、市場で何をしていたんだろ」
「さぁ・・、お前は何も聞いてねえの?」
「この前一緒にお昼を食べた時は何も・・」
顎に手を当てて思い出すように視線を遠くに飛ばしながら考え出す隣の金髪から目を逸らす。
お昼、ね。
オレと言えば、さっき言ったように会うタイミングは少なくない。
だって言うのに最近とたいした会話っていう会話をしていない。
お互い下町っていう狭い環境の中で共に生きる住人だ。
生活範囲と行動範囲は限られているから会わない日がある方が珍しいくらいだってのに。
「・・・オレなんかしたっけか」
「?今、何て」
「いや、何でもねえ」
実を言やあ、ここんとこずっと避けられている。
市場や下町で遠目に見つけたと思えば、ささっとどっか細い裏路地でも入っちまうのか次の瞬間にはどこかへ姿をくらましている。
追いかけて何をする用事もなく、釈然としないまでも見送っちまってたんだが。
今日は逃げられた。
「次は吐かせる」
「・・、手荒なマネは止せよ」
「次第だな」
フレンは小さい時こそシスコンのきらいがあったが、今はさすがに成人している姉相手にあまりうるさく言わないように放任を心掛けているようだった。
それでも、さすがに今のオレの言動を見咎めてかその目が若干険しい。
フレンとの母さん、ノレイン先生が死んだときのことをよく覚えている。
泣いて泣いて抜け殻のようになったフレンの背中を抱いて、はしっかりと立っていた。
泣いてはいなかったけど、何かを決心した顔をしていた。
空いた穴を、埋める決意のようにも見えてオレはその時初めて、が子どもの輪から少し抜け出た様に見えた。
「だからって、ひとり泥だらけで帰ってきた時はジリばあさんから隠すのに苦労したってのに」
「はは、僕たち以上に言っても聞かなかったよね」
オマケに自分をお供に結界のギリギリまで行っては、やれ草を採取するだの木の実を取れだの態のいい子分扱いだった。
オレとしても下町のギリギリの食糧はどうにかしたかったし、採ってそのまま食べられるものをその場でちょっとつまみ食い出来たりするからそこまで異論は無かったわけだが。
それより何より、断ったが最後が一人でどこまでも行こうとするから、危なっかしくて仕方が無く結局オレかフレンがついて行くことになったのだ。
「木登りをしては落ちて」
「食用の草を探してたときは派手に転んでいたよね・・」
「鳥を生け捕りするっていって自分で罠にかかってたな」
とにかく無駄にバイタリティに溢れすぎててこっちの疲労度は半端無かった。
でも、それが良かったのだろう。
ノレインを失って機械的に動いていたフレンが、の余りの無茶っぷりに心配を通り越して呆れて終には怒って、やっと精力的に動き出してくれたのだから。
フレンはそれまでも大人しく何事もそつなくこなす器用なやつだったが、結果、やる気が空回りする姉に対応するために辛抱強く面倒見も良くなったというのが下町のみんなの総意で。
「・・また、何か面倒ごとを起こさなければいいんだけど」
「んだな」
手のかかる、とオレたちはそろって溜息を吐いた。
「ちゃんかい?ああ、さっきそっちの店で見かけたよ」
「サンキュ」
何かを仕出かす前に手に負えないものなら手伝ってやろうかとも思ったが、こちらの行動を見越したのか、はたまたただ単にオレより早起きなだけなのかもしれないが、の住んでるところを訪ねたが中はもぬけの殻だった。
が育てている薬草や野菜がすくすくと育っていてなんとなく水でもやってから市民街にやってきたが、また足あとを追うばかりでこうまで避けられてるとなると少し気落ちするもんだなと思いながら空を見上げた。
見上げた雲一つない青空は、フレンとそしての瞳の色でもある。
眩しくてちょっと手でひさしを作った。
「、ユーリ・・?」
背後からかけられた声、近づく足音に思わず振り向きそうになった。
「・・・・・」
あえて返事はせず、そのまんまでいればどこか気配を窺うように近づく相手の、その影が自分の足元を覆ったところで振り向いた。
「っ!?」
「・・・、捕まえた」
ビックリしたと顔中に書いてある、その見開いた瞳の色はさっきまで見上げていたものより、深みがあってでも奥まで覗けそうな澄んだ色をしていて。
じっと、その水底を探る様に上から見下ろせば、驚いた顔が急に焦ったものになって視線をうろうろと彷徨わせる。
「・・・、えっと元気そう、だね」
良かった、と小さく呟かれた声に思わず掴んだ腕に力がこもる。
良かった?一体何が良かったのだろう。
元気そう、だなんてそっちが避けてただけだろうが。
「オレ、何かしたか」
「・・え?」
つい低くなってしまう声は仕方が無い。
何を言われたのか分からないと言った顔をするの腕を、少し引き寄せる。
とん、と自分の胸元にぶつかってよろける肩を捉えて、その今にも逃げ出したそうな顔を覗き込んだ。
「何で避けんの」
「え・・あ、いや、避けてるつもりは・・」
「避けてんだろ。この前も全力で逃げてったよな?」
「!あれはっ・・」
言いかけて躊躇う口元を見下ろす。
「あれは、ちょっと間が悪かっただけで・・その、・・ユーリ?」
言いながら見上げたの瞳が大きくなる。
その青い瞳に映るオレは今、きっとどうしようもない顔してんだろうな。
「ユーリ?あ、のね」
「・・・何」
至極不機嫌で、そんなオレの声に少し眉を下げたの悲しそうな顔を見ていられなくなって、ちょっと視線を外した。
不意にふわりと背中に腕が回って、その手が背中を優しく撫でる。
随分と背丈に差がついているオレたちでは腕の長さもその大きさも、もちろん違う。
肩に置いていたオレの手が近づいたことによって滑り落ちて、の腕の長さでは抱きつくような恰好になっていて、胸元にふわふわとしたフレンの髪より少し淡く薄い金色の髪が触れていた。
「ごめん、そんな顔をさせたかったわけじゃないよ」
ぎゅっと抱きしめられて、ぽんぽんと優しく背中を撫でられる。
その自分より小さなの手を捕まえて、自分の背からはがした。
「じゃあなんで、」
つかまれた手がするりと手の平を握ってくる。
繋いだ手に引っ張られて歩き出した。
「昔も、こんな風に歩いたね」
懐かしい、と下町の坂を下りながらが話す声を聞く。
行きはそう、彼女が意気込んでずんずんと進んで行ってしまうもんだから、オレもフレンも繋がれた手に引っ張られて坂道を転げない様について行くのが大変だった。
帰りは違う。
たいていは意気消沈したり怪我したりして疲れれきったの手を両側から引っ張って、みんなのいえに帰ってくるのだった。
「さっきね、ユーリが立ちくらみでもしてるのかと思ったんだよ」
「・・・・・」
「初めて会った時は女の子だと思ったし、髪も綺麗だし肌も白いし」
声も高くてかわいかったしね、と笑うの顔を横目で睨む。
「ユーリは、手も背も大きくなっちゃうし、フレンもそうだし」
「・・は、随分ちっちゃくなったな」
どこか拗ねたように言うに言い返す気持ちでからかうようにそう言えば、案の定ムスッとした顔をこちらに向ける。
「小さくはなってないからね!」
「はいはい。まだ成長途中なんだよな、さんは」
「もう、その話は、いい!」
むきになるにケラケラと笑う。
オレたちの背がぐんぐんと伸び出してからの顔に少し焦りが出て、見つめ合う高さから見下ろす差がつく辺りまでは、自分の背は何で伸びないのかとだいぶ思い悩んでいた。
オレとしては、手を繋いで上から柔らかく微笑んでくれるも、下から拗ねたようにこちらを見上げるもどちらも捨てがたいと思ったりしていて。
・・・、今のこの見下ろすところでふわふわと揺れるひよこみたいなのつむじも、嫌いじゃない。
「わ、何」
繋いでいない方の手でふわふわとその髪を撫でまわす。
「いや、ちょーどいいなって」
じっとりとした目を見て、また笑った。
「そんで、」
「うん、ユーリ」
ちょっとここで待ってて、と言われての住んでる部屋の前で、するりと手が離される。
少しの間、中でなにやらごそごそとしていたらしいが、部屋の扉を開けてこいこいと手招きをした。
「おじゃましまーす」
とくに、いつもと何かが変わった様子は見られない。
見た目、は。
「・・・なんか、甘い匂いがする」
「・・・・さすが甘党」
バレたか、と肩を落としたはキッチンへ行って、何かを持って帰ってきた。
丸い大きな皿の上に乗せられたクリームまみれの円柱形。
細切れになったフルーツがその上にこれでもかと盛られ、乗らなかった分が飾りの銀色の粒と共に足元まで零れ落ちていた。
中心に板チョコレートが乗るというか、ぶっ刺さっているそのシュールな物体を見てしばしの無言が部屋の中に広がる。
「・・・・、」
指をさして、そしての顔を見る。
その顔がバツの悪いものから、徐々に拗ねた顔になりそして赤くなった。
「首かしげなくても、何か、分かるでしょ!」
「まあ・・・何が作りたかったのかは、なんとなく」
どん、と重量感のあるそれがテーブルの上に置かれて、流れ的になんとなくそこの席に座る。
無言で皿とフォークとナイフと、何かを持ってが返ってきた。
ぶす、ぶすぶす、とこれまた無言で目の前のケーキであろうものに突き立てていくのはろうそくだった。
「や、待て待て、そこはオレがやる」
「・・何でよ」
「言わなくても、分かってんだろ」
むっとしながらも差し出されたマッチでろうそくの上に火を燈していく。
は不器用だった、昔っから。
この目の前の物体を見ても分かるし、料理をさせれば男料理になる。
おおざっぱでざっくりとしていて、大味。
フレンはレシピ通りに作れば完璧なのにアレンジさせればゲテモノを作る味覚の持ち主だが、もでその丁度中間をいくような料理の腕だった。
バランスいいっちゃいいのかもしれないが。
「何度我が家を燃やしかけたの後始末をしたか・・」
「っごめんなさいね」
マッチで火を熾すなんてさせれば、持ち手に燃え移る火に驚いてマッチを放り出してそこらを焦げ跡だらけにする。
そんなのは日常茶飯事だった。
「で、これは何のケーキ、・・・だ?」
「首傾げつつ言わなくても。もう、ケーキって認めたくないならもうクリームの塊とでも言えばいいよ」
「んで、このクリームの塊は」
「少しは遠慮して躊躇して」
はいはい、とそんな一連のボケのような慣れたやり取りをしてから、視線で問う。 オレの誕生日でもフレンの誕生日でも、ましてやの誕生日でもない。
誰か他の奴に贈るケーキの練習だと言われれば納得しなくもないが、まあ面白くは無い。 無言の催促に、躊躇ったような口が開く。
「下町・・記念日」
「?下町の・・なんだって?」
「だから、下町に来た、記念日!」
言い切ったようなの顔を見て瞬きする。
「そっか、こんな時期だったっけか?」
そういや、そうだったかもしれないと思うと同時に、それならと浮かぶ顔がある。
「ハンクスじいさんにやる練習・・か?」
「え?」
「ん?」
下町で世話になったと思うなら、何となくじいさんにっていうイメージだったがそう言ったオレにきょとんとしたの顔が返ってくる。
「あ、うん。そうだね!ハンクスさんにもまた作るよ」
「オレは練習台かっての」
慌てたようにいうに小さく笑えば、ろうそくの炎が揺らめく先でが真剣な顔をしたように見えた。
「違うよ」
「?そっか、じいさんにこれじゃ、ちょっと多いよな・・って・・ん?」
自分の言った言葉に何かが引っかかって首を傾げる。
「これは、ユーリに」
「・・オレ、に?」
引っかかった思考回路のまま、反射で繰り返した言葉を脳内で何とか再生する。
「そう。ユーリに。下町に来て、ユーリに出会えた記念に」
ほんわりと明るい光の下で、が笑う。
「ずっと、何となく作りたいなって思ってて」
でもケーキなんてそんな作ったことないし、むしろユーリの方が作るの上手いし。
女将さんにこっそり聞いてレシピもらって、街中のケーキ観察したりして材料買ったりして。
失敗して真っ黒焦げにしちゃったりもしたし、材料また揃えに行ったりして。
「泡だて器も壊したし」
「・・そりゃ、何したらそうなんだ」
「勢い余って振り回したら飛んでっちゃって、当たりどころの運が悪くて・・」
遠い目をするを見て、そしてまた目の前の不恰好なケーキを見た。
「あ!ろうそく溶けてる!ほら、はやく消して消して!」
「あー、はいはい」
急いでと催促されて何となく変な気分のまま、取りあえずろうそくの火を消していく。
ぼんやりと漂う煙の向こうでがナイフを取り出して、止める間もなく景気よくケーキは真っ二つにされた。
「はい、どーぞ」
ざっくりとおおざっぱに切り分けられたおよそ半分のケーキが、重量感と共にフルーツてんこもりに盛られた皿を差し出され受け取る。
その真ん中に、ザクッと音でもしそうな勢いでぶっさされた板チョコレートを無言で眺めた。
「・・・・」
読めない。
何かがそのチョコの表面に書かれているのだが、のたくったみみずのようなそれはもはやただの柄かもしくは謎の暗号のようにしか見えない。
「・・・F」
角ばった渦巻きが散らばったその中から見つけた文字を、思わず口に出した。
「?」
「フレンの分は・・」
「フレン?」
フレンがどうかしたのかと問い返す瞳を見る。
「フレンの分もあんなら、オレの分多すぎねえかと思って」
真っ二つにされたケーキのほぼ半分が乗っている皿を指し示せば、の目はきょとんとしたものになる。
「フレンの分は無いよ?」
「?じゃあ、・・」
フレンじゃないなら何て書いてあるんだ、と謎の暗号解読のためにさらに板チョコに顔を寄せれば気付いたがそれをさっと取っていった。
「あ、オイ」
「まあまあ、いいじゃない」
言ってさっさと割ろうとするその手を止める。
「ちょっと待った」
「いや、その読めないなら、それはそれで別に・・」
「何て書いたんだ、ソレ」
「ほら、さっさと食べないとクリームが溶けてってるよ」
「」
また辺りを彷徨わせる視線を目で捕まえて、言えよと催促する。
無言でその手をガッチリ捕まえていれば観念したの目が伏せられる。
「ユーリへ、って」
「・・それにしちゃ文字数が多いような」
「あー、えっと、ありがとうって書いてあるからね」
「本当か?」
「う、うん、ほら」
放した片手で慌てたように指差した先はまあそう言われればそう読めそうなものだけど。
文字数はそうだけど、なんだかちょっと字が違うような気も・・・。
「・・何でノレイン先生の娘なのにこんなに壊滅的な字なんだよ」
「放っておいて。それに、それはデコペンがちょっと上手く出なかっただけだから!普段はもっとマシだからね」
何か違う気がするのに上手く読めないソレにちょっと当たれば、腰に手を当てては反論してくる。
「それに、普段の字ならさすがにユーリよりは読めるからね」
「・・まあオレも字の汚さは認めるが・・どっこいどっこいってとこじゃね?」
そんなに胸を張っていう程のことじゃないし、実際そんな大差無かった気もする。
「ま、いいか。んじゃ、イタダキマス」
「召し上がれ」
フォークで端を崩すように掬う。
零れ落ちたいちごをそのままに口に運んだ。
「・・・ど、どうかな」
「・・・まあ、いいんじゃねえの」
「その無言の間が気になるんだけど」
「は?食べねえの?」
言われたが、残ったケーキを自分の皿に切り分けてそっとフォークで口に運ぶ。
「・・・お茶を淹れよう」
無言で咀嚼して、それからおもむろに立ち上がる。
まあ、ちょっと甘すぎる気もしたけど。
「オレは別にいいよ」
これぐらいだったら十分食べられる。
の弟であるフレンが作り上げた外見が完璧で中身が主に赤と緑で彩られた極彩色のケーキの刺激的な味を思い出せば、全く持って問題なしと言っても良いくらいだ。
見た目は、まあボリュームあっていいんじゃないかと言えば、紅茶のポットとカップを持って帰ってきたがちょっと嬉しそうになった。
「たくさん食べてね」
「・・おう」
半分盛られた皿の上、がとったのはだいたい8分の一。
ほぼまるまる、ホール一個分か。
「・・やっぱ、オレにも淹れて」
「・・・・だよね。甘すぎて喉が渇くよね」
「まあ、それも無くは無いけど」
「やっぱり」
「スポンジがちょっと重い」
「ちょっと取り出すの早かったかも」
それでも最初よりはね、と呟くのフォークを持つ手をちょんとつつく。
「」
「・・・んー?」
どうしてこう上手くいかないのかと気落ちする姿は、思えば昔っから変わってない。
でもそんなところが、嫌いじゃない。
「今度、一緒に作るか?」
手を差し伸べて助けられる隙がある。
支えて、傍にいてやりたいと思える。
ちょっとビックリした顔が、おずおずと嬉しそうな笑顔になるのに笑い返した。
それから、が上着を取りにオレんとこにきて。 あのケーキは下町でユーリに会えた記念日っていう意味だったんだよと、恥ずかしそうに打ち明けられて。
”アリガトウ”
と、
”スキ”
そんな文字の違いに気が付くのは、もう少し先。
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歳の差と身長差。
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