「!危ないです、リタっ!!」
戦闘の最中不意にエステルの声が響き、目の前の敵を横目に斜め後方へ身体を捻る。
右後方で今まさに他の魔物へ詠唱をし終えて放とうとしているリタの、脇の茂みから中型の魔物が飛び出してくるのが視界に入る。
間に合うか。
「蒼破ぁっ!」
急ぎ振った刃から青白い光が真っ直ぐに飛び。
「?!」
名前を呼ばれたことで魔物の接近に気付いたリタが、詠唱後の姿勢から迎撃態勢へと身構えて。
「よいしょっ、」
妙に間の抜けた声と共に進行方向にいたリタの姿が消えた。
リタに飛び掛かろうとした魔物は噛みつこうとした相手が視界から消え、その一瞬の隙に到達した刃が魔物の眉間を叩き切る。
「喰らえ!牙王撃!!」
続けざまに拳を突き入れて目の前の魔物を倒せば、背後で置いてきてしまった魔物にカロルが止めをさしたところだった。
他の魔物もどうやら倒しきれているようで小さく息を吐けば、後頭部に衝撃が走った。
「ってえ、何すんだよ」
「そっちこそ何してくれてんのよ、当たったらどーするつもりだったワケ?!」
蹴られたらしい頭をさすりつつ、振り返る前に怒号が返ってくる。
宙に手足をバタつかせて怒鳴るリタを見て、一瞬何を言おうとしていたかも忘れて立ち止まる。
「・・何よ!」
「・・・、いや」
目の前でバタつく色違いのブーツの爪先。
腰に手を当てて怒るその吊り上った目と眉。
そして。
「・・ちょっと、いつまで人のこと持ち上げてんのよ」
「あ、ごめんごめん」
「・・・」
「ぶつわよ」
そんなやりとりを何とも言えない気持ちで見ていれば、何でかこっちを見て目を据わらせるリタに適当に手を振ってその場を離れる。
背後では地面に下されたリタの足元がふらついたのでもしたのだろう、すかさず支えたらしいにどもりながらも小さく礼を伝えるリタの声が聞こえた。
「それより、あんたちょっと・・」
「リタ、大丈夫です?!」
何かを言いかけたリタは、心配顔で駆け寄ってきたエステルを向いてひらひらと手を振る。
「へーきよ」
エステルの後から走り寄ってくるカロルの目線が無事を確認しているエステルたちをちらと見て、そしてこちらを向く。
「 って力持ちなんだね!知らなかっ・・いたっ!」
声を潜めもせずに言ったカロルの後頭部に狙いを過たずに飛んできた本を拾いつつ溜息を吐いた。
「カロル」
「何?ユーリ」
空を見上げて残りの行程を考える。
見上げた空の色はすでに薄らと赤みをさして薄暗くなってきていた。
無理をしても今日中に次の街に辿りつくのは無理そうだ。
「ちょいと早いが今日はここらで野宿でいいか?」
「え、いいけど」
手荷物の量を最小限に抑えるために出来るだけ野宿は避けて進める分は進めてきた。
ここまでそうやってきたし、野宿よりもやっぱり街の宿が良いからと誰からの異論も無かったのだが。
「悪ぃ、今日はここで野宿にさせてくれ」
「・・いいけど」
「分かりました」
カロル以外のメンバーにも声をかければ、不思議そうにしながらも皆了承をしてくれた。
「ユーリ、疲れた?」
こちらの様子を窺うように近づいてきたを見下ろす。
エステルより少し高い背の、その見た目には特に変わった点は無いのだが。
無言で見ていたオレに何を思ったのか急にの顔が険しくなった。
「調子悪い?怪我でもした?それともまさか、・・・すごく眠いとか?」
「いや、」
「ユーリ、頑張り過ぎは良くない。無理をして倒れたら元も子もないよ」
どこか聞きなれたような言いまわしに今は遠い親友の顔が浮かぶが、一瞬の後にその金髪が目の前に広がった。
ずずいと身を寄せたがその体を捻る様に沈ませる。
身体にまわされた腕に何をされるかと身構える間もなく、膝の裏に軽くは無い衝撃が走った。
「な、っとオイ待て・・?!ぅおあ」
膝カックンの要領で崩された体勢を整える間もなく襲ってきた浮遊感に思わず声を上げる。
「?!ユ、ユーリ、?!」
「ぶっはー、なにその恰好ー!あんたら何してんのよ、おっかしい」
こちらを見て驚き悲鳴のような声を上げるカロルに被さる様に、リタがこっちを指差してお腹を抱えて笑う。
オレだって悲鳴を上げたい。
いやそうじゃなくて、だな。
「オイ・・」
「ユーリ、暫くの辛抱だから。カロルくん、テント!テント一丁はやく!」
え?ええ?と戸惑いながらもカロルが下げていたショルダーバックをごそごそと漁り、エステルが急いで手伝いに回って簡易テントが素早く組み立てあげられる。
そのテントに向かうの足取りに合わせて揺れる視界。
「下せっての!」
「大丈夫大丈夫、すぐ着くって」
大丈夫、じゃねえ。
何が楽しくて自分より背の低い女であるにお姫様抱っこで運搬されなきゃいけないんだ。
慌てて降りようとする前にテントに到着し、捻った身体がそのままボテッとテントの内部に落ちる。
「よし。取りあえずユーリはそこでさっさと横になること」
「いや、あのな」
すかさず着いた腕で身を起こし、テントの入り口に立って一仕事を終えたような、それでいてどこか呆れたような顔をするを尻餅をついたまま見上げる。
「」
ちょいちょい、と指先で呼び寄せれば、素直にどうかしたのかとしゃがみ込んでこちらを窺おうとするの、そのテントの縁に乗せられた手首を掴んでグイッと引き寄せた。
「わ、わっ?!な、なに」
「じっとしてろ」
戸惑うようなの後頭部に手を添えて顔を近づける。
驚いたように身を引こうとするのを抑え付けて更に距離を縮めた。
こつん、と額が触れ合う。
「・・・・・」
「っ・・、」
ぎゅっと目を瞑るの顔を見ながら寄せた額に感じるのは、熱。
「・・・、やっぱりか」
「?」
そっと身を離せば、戸惑うように少し紅い顔でこちらを見上げるの額に今度は手の平を当てる。
「熱、あんじゃねえか。何で言わなかったんだよ」
当てた手の平でぺちりと軽くはたく。
「え?本当?いや、ちょっとぼおっとするけどただの寝不足だと・・」
首を捻っているのことを自分と入れ替える様にテントに押し込む。
「このくらい何とも無いよ!それよりユーリ、」
「何ともない訳ねえだろ。さっきの台詞そっくりそのまま返してやるから」
さっさと横になれ、と腕を組んで視線で言えば、そこそこの付き合いのはオレが折れないことが分かったのだろう。
不満げに納得のいかない顔をしながらも、もそもそと居心地の姿勢をとろうと動き出す。
それを横目に外に出れば、こちらを見る他のメンバーの各々の反応が目に入る。
リタの目は・・、何いちゃついてんのよ、ってとこだな。
カロルとエステルはちょっと赤い顔をしているが、そういう甘い展開じゃない。
オレとしても残念だが。
「エステル悪ぃ。、熱あるみたいで診てやってくれねえか」
「!あ、はいっ」
すぐに駆け寄ってテント内にいるに甲斐甲斐しく声をかけるのを背に、水汲みにいかねえとなと立ち上がる。
「あいつ、熱出たときだけああなるんだ」
「えっと・・力持ちになるってこと?」
「火事場の馬鹿力って感じね」
どうりで、とリタが腕を組む。
「何か、触った手が熱いと思ったのよね・・戦闘中だったからそれでかと思ってたわ」
すぐに指摘できなかったことにかリタはどこか歯がゆい顔をしていた。
「ユーリ、ボクが水汲み行ってくるよ」
そんなリタの様子とテントの方を見て、カロルがおずおずと切り出す。
「本当はボクが今日料理当番だけど・・そのボクよりユーリの方が器用だし、あ!さぼろうとかそういうワケじゃないよ!本当だって!ちゃんと次にボクがやるからイタッ」
「何が言いたいのか分かんないわよ。要点だけ言いなさいガキンチョ」
「殴ること無いじゃんリタ。・・あ、ごめんなさい!っだから!ユーリの方がおかゆとか作るの上手そうだからだって!!だからそれだけ!」
拳を握るリタにびくびくして頭をかばいつつ、カロルがその手の下からそろりとこっちを見上げる。
「・・の好きなものとか知ってるでしょ?弱ったときって懐かしい味とか食べたいかな・・って」
「・・、さんきゅ」
リーゼントの頭を軽く撫でれば、頬をかいて照れくさそうに笑ってからカロルが水汲みに行く横で、所在無さげに爪先で地面を叩いていたリタがそっぽを向く。
「・・仕方ないわね。・・薪代わりの枝でも拾ってきてあげるわよ」
アンタも行くのよ、ワンコロ!と無駄に声を出してから、さっさと歩き出していく。
その背とこちらを見てわふ、と小さく声を出してからラピードもその尾を揺らして歩いて行った。
「さて、とじゃあ久しぶりに魔法のミルク粥でも作ってみますかね」
とフレンの母親、ノレイン先生の味。
みんなの家の誰かが具合が悪くなった時はフレンに見せてもらったレシピを見て見様見真似で作っていた。
自分がどれだけ上手く再現出来てるかなんてのは分からないが、レシピどおりに作った完璧なフレンの味を思い出せば似せることぐらいはできる。
ノレインがいなくなってフレンが体調を崩した時作ってみた味。
フレンは何とも言えない顔をしていたけれど、は最初の一口だけひどく寂しい顔をして、それからはいつもこちらを向いてとても優しく笑った。
「食べればすぐに元気になる魔法のお粥だね。ユーリ、ありがとう」と。
あの笑顔がずっと忘れられない。
「また、持ち上げられちゃ敵わねえしな」
手伝います、とエステルが出てきたテントの方を向いて、ひとつ頷いた。
◆◇*------------*◇◆
熱が出ると怪力になるフレン姉。
タイトルの「fight-or-flight」は直訳すると戦うか逃げるか。
「fight-or-flight response」で闘争・逃走反応のこと言い、火事場の馬鹿力の時に発揮されるアドレナリン等のホルモンが出ている時の状態をさすこともあるそうです。
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